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工員からの脱獄①

これはある大企業の正社員として働いた私の経験、実話です。会社が有名すぎるので実際の会社名を伏せたり個人名を変えたり工夫をしています。
同じく大企業の正社員として工員をしている人は記事と似たようなことが多いと思います。


そして私は、工員を辞めてほかの業界に行きたいと思う人が多くいることを知っています。
そんな人たちにとって前向きになる体験談だといいな、と思い執筆しました。
職場で後ろ向きな発言ばかりされる、閉塞感にウンザリしているあなたへ。

-入社式-


「大企業」と言えば聞こえがいい。


私はこの春、誰もが知る大企業である自動車関連会社であるA社に入社した。
この会社はその規模から高収入が約束されていると世間でも有名だ。
しかし、私は入社することに全く喜びを感じていなかった。
それどころか人生に影を落とすほどの暗い気持ちですらいたのが事実だった。
大企業の入社式ということもあって、周囲の同期達は浮足立っているように見えた。
そんな春から工員としての人生が始まった。


-配属-

配属先は「Y工場 機械部 機械課」であった。
私はこの配属先になることを数か月前から知っており、職場の雰囲気も把握していた。


それは何故か。

入社から遡ること3年、私はA社の企業内学校である「A技術校」に入学した。
この学校はいわゆる高校卒業資格を得ると同時に大企業であるA社への入社が約束されているものであり、卒業までの過程の中、実際の職場で一定の仕事を覚えることとなる。

そういった理由で職場のことは既に知っていた。
この学校の卒業においての資格はあくまで高卒資格にとどまる。
したがって、大卒総合職ではなく高卒の技能職という身分での入社となる。

18才というまだまだ子供の身分でおおよその将来が決まってしまった瞬間であった。


-仕事内容-


仕事は単純なものであった。


流れてくる製品に部品を組み付けてネジを締める、部品をセットしてスイッチレバーを入れる、そんな連続である。


ハッキリ言えば誰でもできる仕事であり「こんなことのためにあの学校に行っていたのか?」という疑問が浮かぶほどであった。むしろアルバイトをしている学生の方が高度な仕事をしていると本心から思った。


これだけなら「楽な仕事でいいじゃないか、それで給料安定してるんだろ?」と言われかねないが、もちろんそうではない。
一連の作業には制限時間があった。その制限時間は「人が限界まで動いてやっと及第点」のような設定であり、常時最高速度で仕事をしなくてはならない。
また、この連続した単純作業は容易に睡魔を呼ぶものであった。仕事に慣れれば慣れるほど睡魔は沢山やってくる。
加えて、単純作業の繰り返しで「自分はロボットなんじゃあないか?」「自分じゃなくてもいいだろこんなの」「なんでこんなことやっているんだろう」「こんなことを一生続けるのか?」とメンタルが衰弱してくる。


これを2時間ぶっ続け、10分の休憩、そしてまた2時間ぶっ続け、と作業する。昼休みは45分間設けられる。残業もあり、当時の一日の平均労働時間は8.5時間程度であった。
一般の、特にホワイトカラーに従事している人は「なんだ、そんなもんか」との感想を抱くかも知れないが、工員特有のその仕事の「密度」によって終業後は何もしたくなくなるのがほとんどであった。


昼夜の勤務交代で夜間も製造は続けられ、設備はほぼ丸一日に近い時間稼働している。従業員が一週間ごとに昼勤務と夜勤務を交代しながら製造現場を成り立たせている、そんな具合であった。
機械設備であれ人間であれ、限界まで使い倒されるものなんだと理解するまであまり時間はかからなかった。


-先輩その1-


私は要領が良かったのか、1年もしたら作業者を取り仕切る側の役割となった。その先任者の先輩のうちの一人は同じ「A技術校」の先輩でもあった。


「●×▼□しといて」


この先輩の名は「初芝」といい、滑舌が非常に悪い先輩であった。工場の騒音もあってか何を言っているのかよくわからない。なお、私の聴力検査結果は正常である。


「すみません、もう一度言ってもらえますか?」
「●×▼きゅうしといて」
「すみません、もう一度お願いします」
「冷却水補給しといてって!!」
「わかりました」
このようなやりとりが多かった。


「ちょっと持ってきて?」
「はい、スパナ持ってきました」
「スパナじゃねーよ!レンチだよ、アホか!!」
主語が抜けた要求もいつも通りである。


ある日、睡魔と戦ってるせいか仕事が遅れてしまった。その時、初芝の「ウォラー!!」という怒号とともに私にデカイ工具が投げつけられた。


「ああ、俺が勤めるのはこんなならず者が跋扈している会社なのか」と痛感した。


週末の仕事が終わった時、そんな初芝から誘いがあった。


「今日、オネーチャンのいる店に飲みに行こうぜ!」

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