さいきん 日記
気がついたらもう梅雨になってた…
早すぎてわろた…
と思いながらこれを書き始めました
語尾にワロタを付ける時は基本的に面白いと全く思ってないのに、オタク(デカ主語)だから語尾にワロタをつけないとお話が出来ない
最近毎日の楽しみが舌磨きくらいしかない人間になってしまって本当にダメ
舌を他人に見せる機会なんかあるわけないのに、謎に舌磨きに精を出してる
調子に乗って舌の付け根付近まで磨こうとした日には平気で吐き気を催すし、普通に涙が出てくるくらいには苦しい
まあドMなのでモーマンタイ。気持ちよすぎるぜ
舌エピソード②
最近、仕事で軽いミスをした新卒の後輩がミスった直後に私の方を向き、「てへっ♡」みたいな表情をしながら舌をペロっと出してきた
嘘だろ、かわいい……
そんな可愛いこと日常的にできるんだ、ミスした直後なのに
恐ろしい。恐ろしくて、可愛い。
私もその技を使って可愛いになりたかったので、その日は家に帰ってからさっそく鏡の前に座り、可愛く見える舌ペロの練習をはじめた
鏡の前で少しニコッとしながら舌を出してみる。完全にバカな犬の顔をしていて面白くなった(バカな犬なんていません怒)
その後も舌ペロ練習を続け、可愛く見える舌ペロの形を見つけたのでみんなに伝授します。
ずばり!丸すぎず、鋭利すぎない、程よく先細った形の舌を作りましょう!
でもこれが凄く難しくてびっくりした
これを簡単にやってのけた後輩の舌ペロ技術は努力の賜物なのか、天性なのか、どちらにせよ妬ましかったです
てか最近、しかのこのこのここしたんたんを色んなところで耳にするけど、あれを聞いてると真っ当な理由もなくただイライラしてくる
あれに本気でイラついてる人間が自分くらいしかいない気がして、謎に情けなくなる
あまりにも話が変わるけど、最近おばあちゃんが亡くなった
久しぶりに生きてない人を見て、とても変な気持ちになった
おばあちゃんがさっきまで考えていた事とか、気持ちとか、急に全部この世から無かったことになってる状況が不思議で怖かった
誰かが死ぬ度、命に感謝するし、毎日をちゃんと生きようと思い直すけど、誰かが死んでからそんな事を考えていては全部が遅すぎると思う
でも毎日を全力で必死に生きてたら、それこそいつか心の方が死んでしまうので、適度にちゃんと生きた方がいいのも事実。難しいぜ
何でも適度が大事らしいのがムカつく。
顔がいい女にめちゃくちゃ友達が多い事くらいムカつく
普通に、バナナは健康にいいのに食いすぎたら逆に体に良くないのとかダルすぎる
適度に摂りましょうってなんだよ?
もうなんかウザいから86歳くらいまで生きれたら、息できなくなるくらい大量のバナナを一気に食っちゃって死のうかな。嘘です
さっき亡くなった人の話をして、ちゃんと生きるとか言ったくせに、バナナで死ぬとかいう嘘をつくとか頭おかしいだろ
死ね!という言葉を冗談でも人間に向かって言うのがあまり好きではない
私は絶対、死ねと言うくらいなら殺すぞと言うようにしている
「殺すぞ」は、こちらもそれなりの罰を背負う覚悟の上で、お前の生殺与奪の権は俺が握っているんだぞという意思表示。そして私の場合、 実際殺すつもりは微塵もないので、脅しとして使用している。
対して「死ね」は、命令の場合でも、死んでくれというお願いをしている場合でも、基本的に生殺与奪の権は本人にある。
死ねと言っている側の人間は、他人の命に手をかける覚悟も根性も無いし、罰を背負う気もないのに、一丁前に他人の生死に関与しようとしている。全部がサイテーだ!
とかいう死ねと殺すの違いを職場の先輩に力説したら空気が微妙になった、またやってしまったんだ
先輩に「お前の言ってる事を理解はできるけど、死ねとか殺すって言うときそんなこと考えたこともなかったから怖い」とか言われた
じゃあなに考えるんだろ、純度100パーセントの殺意を持って死ねとか殺すって言ってるのかな、そっちの方が怖すぎるでしょ
愚痴ばっかり言うのは健康に悪いので、ここ最近の良かったことを発表します
おばあちゃんの葬式で、喪主の叔母さんが、葬式で読む感動のお別れ文、もとい弔辞を考えている時、文中でどれだけ韻を踏めるか、とかいうラッパーみたいなチャレンジをしていた。
バケモンだと思った
その後、文中で生前おばあちゃんが頑張っていたことを紹介する流れで、なんの疑いもなく「死ぬほど頑張っていました」という文を練り上げていた。
死んでいる人の前で死ぬほどとか普通言わないだろ。
バケモンだと思った
後は散歩中の白い犬を見て癒された、とかそんな小さい幸せがいくつかあるけど、叔母さんがバケモンすぎて白い犬の話とかクソほどどうでも良く感じるので書きません
最後に最近言われた悪口を発表して終わります
アニオタは モテないw
[完]
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