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インド人の出題

初めてのアルバイトは、スーパーのレジだった。

高校も終わりに近い頃、暇を持て余した私は、週に四日、レジのバイトをやっていた。普通のバイトは一日5〜6時間働いていたが、陸上部に六年、水泳教室に九年を費やした私は、休日に11時間働いた。朝、出勤したときに見た青空が、帰る頃には黒く染まっている。
そのスーパーのある街には外国人が多く住んでおり、中国や韓国、イギリス、フランス、アメリカなど、成田空港並みにインターナショナルだった。
「言葉が分からない」「体がデカくて怖い」そんな事で悩むことは一切なかった。本当に困るのは、文化が入り乱れたときだ。

ある晩。もう退勤する時間が迫っていた時、私のレジに、一人の男がやってきた。頭に布を巻き、おでこに赤い点(「ビンディー」や「ティラカ」というのがあるらしい)から、インド人だとわかった。
カゴにたくさんの野菜や肉を入れたその男は、真剣な眼差しで迫ってくる。
「すみません」
意外と流暢な日本語。
「これは、カレーに合いますか?」
出してきたのは、小さな瓶に詰まった一味だった。
私は困った。漢字で書かれたこの商品が、本場インドのカレーに合うのかなんて、分かるわけがない。そもそも、インド人でも分からない事を、高校生の日本人に求める方がおかしいのだ。
それでも、お人好しの私は瓶のラベルを見た。原産地がインドなら合わないことはないだろうと睨んだのだ。あった。中国。
インドのカレーに、中国の唐辛子がマッチするか否かを、日本人が考えるというカオスが、ここに爆誕した。こんな現象、成田空港でも起こらないだろう。しかし日本人は、頭がいい。
「合うと思います」
『思います』!そう!あくまでも『思います』!断言をしていないのなら、こちらに責任は発生しない!これぞ、ナウでヤングなジャパニーズらしいパーフェクトアンサー!
「Thank you」
急にイングリッシュマンになったその男は、製菓商品のコーナーへと消えていった。体力に自信のある私が、その夜は久しぶりに疲れを感じた。

最近仕事で、外国人と話す機会があるが、今の所あのカオスは発生していない。それでも私はたまに、料理をするときに異文化交流をさせている。カレーに一味は、問題なく美味しかった。
この事が、あのインド人に伝わればいいな。

END

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