富士山(3776m)

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2017年9月。出版が決まっている原稿の締め切りに追われていて、書いても書いても出口が見当たらずやり直しの毎日。これを片付けないと次の仕事もままならず、ひたすら睡眠だけが削られて完全に袋小路に陥ってた。

GPRの中村くんが「富士山に登るので、誰か一緒に行きませんか」とSNSで呼びかけていたのに現実逃避とばかりに飛びついた。7月の塔ノ岳は辛かったけど達成感があったので、また山に登りたいと思っていたのだ。とはいえ能動的に登るほどでもない。締め切りもあったし。しかし日本一高い富士山、よく仕組みがわかってなかったが今年はもう閉山でこの週末はラストチャンスとのこと。

直前に担当編集者から予定していた締切日を1日過ぎたところで「ギブアップということでいいですか…」とメッセージが来る。なんとか謝り倒して出発前日までに原稿を送るメドを立てるが、出発時間になっても結局終わらず。一睡もできないまま朝6時に車で中村くんを迎えに行き、8時過ぎに富士山五合目に到着。
あとで調べたところによると富士宮口から宝永山へ向かい、御殿場口6合目から山頂を目指すルートだったらしい。途中、わらじ館という山小屋に泊まるのだが、これらの手配もすべて中村くんがやってくれた。
富士山ということでリスクも考えて、ウブさんに相談しながらザックと雨具と靴だけを新調した。これはかなりの気分転換になった。

で、登りの記憶がほとんどない。写真も撮っていない。あまり晴れていなかったのと、途中ヒョウが降ってきたのと、中村くんが持ってきたバーナーで作った味噌汁が旨かったのを覚えてるくらい。それなりに行列をなしているので道に迷ったりすることもなく、ただ足元を見ながら景色の変わらない宝永山を砂にずるずると足を取られながら歩いているだけだった。

朝8時半頃出発して山小屋に着いたのが16時くらい。コースタイム的にはかなり遅かったと思われる。山小屋に着いて一息つくと17時には夕飯だ。カレーライス、しかもおかわり自由。2杯食べて満足すると一睡もしてなかったからか、そのあと朝4時前までぐっすりと就寝。こんなに眠ったのは何ヶ月ぶりかというくらい。

午前2時くらいから山頂でご来光を見ようと出発する人たちがバタバタしていたようだが全く気づかず。4時過ぎに山小屋で日の出を見る。ここでようやく写真を撮った。

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その後、朝食を食べてかなりゆっくりと出発。翌日はギラギラに晴れて山頂は30度。朝方が0度に近かったので驚愕の気温差だった。

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山小屋から2時間半くらいで山頂に着き、最高峰の剣ヶ峰は渋滞で30分待ち。そこでカップ麺を食べて下山するのだが、登りがかなりしんどかったのに比べて帰りの楽しいこと。スキーはあんまりやったことないけど、スキーのような感覚でスイスイと降りていく、次にどこに足を置くかみたいなのがゲームさながらでとにかく楽しい。

帰りもあまり記憶がないけど、標準コースタイムかそれよりも早かったんじゃないかというくらい。ただ買った靴が合ってなかったのか、足の親指の爪が真っ黒に内出血してしまい、治るまで1ヶ月近くかかってしまった。
とはいえ、戻ってからは長く続いた睡眠不足も解消し、仕事も順調に進んだ。改めて気分転換、休養は大事だなと実感するのだった。

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