児童虐待における今の法律の問題点〜考えるべきは子どもの「訴訟能力」

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要約
・親は「一時保護をするな」と児相を訴えることはできるが、子どもは「一時保護をしてくれ」と児相を訴えることは法律上できない。
・これは民事訴訟法において未成年者に訴訟能力が認められていないことに原因がある。
・今ある訴訟能力の例外規定を広げて考えることで、児童に訴訟能力を認めることはできないか。
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1 虐待から子どもを守る強力な手段「一時保護」

子どもを虐待から守る法律上の手段の中で、もっとも重要なものの一つが「一時保護」です。

一時保護とは児童相談所(以下児相)が虐待被害の恐れのある児童を文字通り施設に保護する措置のことで、児童福祉法33条が根拠になります。
被害児童を虐待親から引き離す事ができるため、被害児童の救済において強力な手段といえ、一刻を争う虐待事案においては躊躇なく一時保護を行う必要があります。

しかし、見方によっては一時保護は行政による子どもの連れ去りとも言えます。子どもは基本的には親の元で育つべきであり、虐待における事例は例外的場合であるというのが国際的な考え方にもなっています(児童の権利に関する条約9条1項)。

家庭内で何が起こっているのか外部から直接確認することはできませんから一時保護をするべきか否かの判断は非常に繊細で、専門機関であっても容易ではなく、判断を誤ることもあり得ます。

困難な事例に日々対処している児相職員に対する敬意を忘れてはなりませんが、児相の判断が常に正しいとは限らず、時にはそこに厳しい目を向けなければならないこともあります。

2 親は裁判を起こせるが、子どもは裁判を起こせない

そもそも児相は行政機関の一つですが、児相に限らず一般的に行政機関の処分については国民は法律に基づいて裁判で争う事ができます。

訴訟の種類はいくつかありますが今回は行政に対して「〇〇をするな」という取消訴訟と「〇〇をしろ」という義務付け訴訟の2種類を考えます。

一時保護も行政処分の一つですから、取消訴訟と義務付け訴訟、どちらも可能なはずです。

考えてみれば当然で、児相の判断ミスには「一時保護が不要なのにしてしまった」場合と「一時保護が必要なのにしなかった」場合の2パターンがあります。ですから、それぞれに対して「一時保護をするな」という裁判と「一時保護をしろ」という裁判ができるべきと考えるのが直感的な感覚かと思います。

しかし、今の日本の法律では、子どもが児相に対して「一時保護をしろ」と義務付け訴訟を提起することはできません。

義務付け訴訟の可否については、児童虐待防止の実務家マニュアルにも「今後の議論が待たれる」と記載されたのみです。

一方で、親が一時保護を止める手段は取消訴訟を始め、いくつか用意されています。

なぜこのような違いがあるのか。

そこで出てくるのが「訴訟能力」です。


3 子どもの「訴訟能力」

訴訟能力とは裁判の当事者となる能力のことを言います。

「能力」というよりも「資格」と言った方が感覚的には近いかもしれません。

裁判の手続きを定めた民事訴訟法によると、未成年は裁判の当事者となる事ができません。子どもが裁判を起こすためには親権者である親が代わりに裁判をしなければなりませんが、虐待事案においてはそれが考えられません。

そもそも、親が子どもの最善の利益のために動くという前提の元にこの制度が成り立っているのであって、親が子どもを虐待している事態は想定外と言えます。

もっとも、常識的に考えると、仮に子どもに訴訟能力が認められたとしても、幼い子どもが自分で弁護士を雇って裁判を起こすというのは考えにくい事です。

しかし、子どもに訴訟能力が認められていない現行法では、医療機関や教育機関、福祉機関など、児相の対応に疑問を感じた大人が周りにいたとしても、その大人は児相を説得することしかできず、訴訟を提起することができないというのは虐待防止の観点からすると歯がゆい事態です。

そのような場合に、弁護士などが独立して子どもの利益を代表し、一時保護の義務付け訴訟などの裁判を起こすことも法律上可能にするべきではないかと私は考えています。

4 訴訟能力の例外規定

そのために必要なのが、子どもに訴訟能力を認めないと定めた民事訴訟法の例外を認めることです。

実は、訴訟能力の例外規定は他に存在していて、人事訴訟における例外というものがあります。これは認知の訴えなど家族問題における人事訴訟においては、特別に子どもに訴訟能力を認めようというもので、人事訴訟法が根拠となっています。

さらに、親族や検察官の請求によって親権を停止する民法状の親権停止も、厳密には訴訟能力の例外とは言えませんが、参考になります。

これらの規定を参考に、虐待事案における子どもの訴訟能力を例外的に認めるということが可能にならないか、今後考察していければと思っています。

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