入管スリランカ人女性死亡事案の報道をめぐる矛盾

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要約
・入管でのスリランカ人女性死亡事案について、入管を批判する世論が加熱しているが、事実関係について詳細に調査した報告書があるのだからそれをちゃんと読んだ上で議論をしてほしい。
・入管法改正反対でこの事案が持ち出されることが多いが、事案をよく見るとむしろ改正の必要性を示しているという矛盾。
・収容施設の環境改善に向けた動きが必要なのは事実であるが、事案をよく見ると一方的に入管が悪いとまでは言えない。本当に現状を変えたいのなら、ちゃんと経緯を見た上で建設的議論をしてほしい。
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入国管理センターは日本の在留資格がない外国人を収容する施設をいくつか持っており、そのうちの1つ名古屋でスリランカ人の女性が死亡した事案について報道が加熱しています。

この事案については、医療体制の不備が女性の死亡につながったとされ、入管が批判されています。確かにこの事案については入管の医療体制について改善の必要を示しているように思えます。

しかし、今議論が進んでいる入管法の改正反対をめぐる報道でこのスリランカ人女性の事例がよく持ち出されますがこの動きにはかなり疑問を感じます。

収容施設の医療体制と、今回の入管法改正の反対理由には直接的な関係がないですし、この女性の事案をよく見ると、むしろ入管法改正の必要性を補強する材料にもなり得ます。

以下、入管が法曹関係者や国際機関関係者など第三者も交えて作成した報告書を参照しながら解説していきます。

残念ながらAさんに非があるかのような記述もしてしまいましたが、これらは全て、第三者を交えた客観的な報告書を基にして書いていることは強調しておきます。批判をしたければまずは報告書を読んでください。

1 実名報道の弊害

まず本格的な話を始める前に断っておくと、私はこのスリランカ人女性をAさんと呼びます。

報道では入管による人権侵害の象徴のような形で実名で報道されていますが(調べればすぐ出てきます)、実名で話をすると個別の事案について客観的な議論ができません。

この国をよくしようと思ったら客観的な議論が必要です。そして、客観的な事案の分析を実名を交えて行うと、どうしても個人攻撃のようになってしまいます。その結果、誰かを攻撃したいわけではないのに、建設的な意見を言うことが個人攻撃になってしまい、議論が進みません。

「被害者の無念を伝えるため」などといった理由で報道機関は実名報道を基本としていますが、上記のような弊害についても考えていただきたいです。

私はAさんの命や人格を軽視しているわけでは決してありません。そういう話ではなく、外国人も日本人も幸せに暮らせる社会を作るために必要な議論を考えています。その上で、AさんはAさんとして扱わなければ必要な議論ができないのでそうさせていただきます。

2 難民申請の濫用

では本題に入ります。

入管法改正はいくつか項目がありますが、その中で最も批判があるのは難民申請の回数制限についての改正です。

現行の入管法は難民申請の回数に制限を設けていませんが、今回の改正で3回までという制限が設けられます。その理由として出入国在留管理庁(入管)は、在留を望む外国人が難民申請中は母国に強制送還されないという制度を濫用し、難民と認定される事由がないのに、申請を繰り返す事例があることを挙げています。

この改正案に反対する人は、難民として迫害される恐れのある人を危険な母国に帰すことになってしまい、国際法に反するとしています。

以上を踏まえて、Aさんの事例と法改正の目的を比較すると、今回の法改正と、収容施設の医療体制が問題となっているAさんの事例には直接的な関係がなく、法改正反対の理由にはならないように見えます。

さらに報告書の中で明らかにされているAさんの事例の事実関係をよく見てみます。

Aさんも難民申請をしていますが、難民申請をした理由についてAさん本人がこのように供述しています。

(Aさん)
「在留期限まで働いてお金を貯めようと思い帰国せず,在留期限が近づくと,もう少し働きたいと弁護士に相談をし,難民申請の話をされたので,難民申請をしたが,難民として認められず,在留期間の更新が不許可となったが,まだ日本で働きたいと思い不法残留した」

難民とは、母国で迫害を受けるなどの危険があるために日本に逃れてきた人のことをいいます。
これに対して、Aさんは日本で働いてお金を稼ぎたいという理由で難民申請をしており、難民の制度の目的とは違います(なお供述で出てきた「弁護士」の存在は確認されていません)。

Aさんは留学目的で来日したのに授業に全く出なくなったり、度々連絡が取れなくなるなど信頼を損なう行動が度々あり、申請理由も「恋人がスリランカの地下組織の関係者とトラブルになった」といったかなり怪しい理由で、とってつけた感が否めません。

これはお金を稼ぐために不法に日本に残りたいという目的のために、本来の難民制度の目的とは違った目的で難民申請をしたといえ、難民申請の濫用とも捉えられます。

確かに、今回の法改正は難民申請を何度も繰り返す悪質な場合に対応するものであり、Aさんは何度も申請を繰り返した悪質な場合ではないので直接的には関係はないかもしれません。
しかし、「難民申請の濫用を防ぐため」と改正の目的を広く捉えると、Aさんの事例はむしろ政府の主張する法改正の必要性を補強しているようにも見えます。

そして、母国での迫害の危険がないのに難民を申請する人が多ければ、本当に守らなければならない難民の方が埋もれて見逃されてしまう可能性があります。それこそまさしく「人権侵害」と言えます。

入管批判のシンボルとも言えるAさんでさえも、難民申請の濫用のようなことをしていることが報告書をよく見るとわかってきます。

「弱者」に寄り添うことが、返って本当に助けなければならない人を埋もれさせることになっているかもしれないということに気づいてほしい。

Aさんが収容施設で受けた扱いを正当化するつもりは全くありません。しかし、入管法改正とは全く別の話であり分けて議論をするべきです。ざっくり「入管が悪質だ」というような文脈でまとめて扱うことは、問題の本質から遠ざかることにつながります。

3 収容施設の医療体制

その上で、Aさんが収容施設で受けた扱いに問題がなかったかについて報告書では検討されています。

Aさんは体調不良を訴えたにも関わらず適切な処置がされなかったとされています。

報告書の中で、指摘されているのは
① 詐病を疑っても仕方のない事情はあった。しかし、疑いがあったとしても医療機関の受診をしっかり行うべきであった。
② 医師も週2回・各2時間という限られた診察しか行っておらず、こうした制約された医療体制にこそ問題があった。

といった点です。

問題があったことは認めていますが、報告書を読んでいると、報道されているほど入管が一方的に悪かったとは思えません。

収容後、Aさんの医師による診察が全くなかったわけではなく、医師の診察により以下のような文書が作成されています。

(Aさんを診察した医師)
「確定はできないが,病気になることで仮釈放(※仮放免のことと思われる)してもらいたいという動機から,詐病・身体化障害(いわゆるヒステリー)を生じた,ということも考えうる。さしあたり,幻聴,不眠,嘔気に効果のかる薬を出して様子見とする。」
「患者が仮釈放を望んで,心身の不調を呈しているなら,仮釈放してあげれば,良くなることが期待できる。患者のためを思えば,それが一番良いのだろうが,どうしたものであろうか?」

入管では、体調不良などの理由があれば仮放免が許される(仮出所のようなイメージ)という運用になっているため、上のような記述になったのでしょう。

また、Aさんの支援者が「仮放免を得るためには外部病院に行った方がよいし,そのためには早く外部病院に連れて行ってもらえるようアピールした方がよい」と伝えたことも詐病を疑う理由になっています。

このような理由と、収容者が仮放免を得るために詐病をする傾向があるという入管職員の経験則から、Aさんが詐病なのではないかという疑いがあったようです。

ただ、詐病を疑う理由があったとしても、入管の対応には改善するべき点が多いことは報告書の中で指摘されています。

入管にはその点については真摯に受け止めてほしいです。


4 入管を悪者にするだけでいいのか?

報告書では、入管職員の間には、収容者が仮放免を得るために病状を誇張してアピールする傾向があるという経験則があると述べられています。Aさんが詐病だったかは別として、詐病を用いて仮放免を獲得しようとする収容者が一定数いることが推測されます。

仮にそうだとするとです。

Aさんの命を奪ったのは誰でしょうか?

入管でしょうか?

今まで、仮放免を得るために詐病をしてきた一部の外国人たちが職員に疑念を植え付け、今回の不適切な対応を招いたとしたら?

Aさんの命を奪ったのはもしかしたら入管だけではないかもしれない。責められるべきは今まで職員を騙そうとしてきた一部の外国人たちかもしれない。オオカミ少年の典型事例と見ることができるかもしれない。

そう思いませんか?

結果だけ見れば、映像だけ見れば、入管が悪いと思うかもしれません。確かに、入管の対応に不適切な点があったことは事実かもしれません。

しかし、ちゃんと過去の経緯を見て考えてもそう言えますか?96ページに渡る報告書を読んでも同じ結論出ますか?もう一回貼っときます。

https://www.moj.go.jp/isa/content/001354107.pdf

入管が自分に都合よく作った資料として無視しますか?Aさん遺族の声は大きく報道するのに?この報告書、外部の有識者関与して作ってますよ?本当にこれちゃんと読んでるんですか?

この記事を読んだ人の中には私が「強い者の味方で弱者の声を軽視している」と思う人がいるかもしれません。実際に言われたこともあるので理解できます。

ですが、私は弱者の人権を守るために、仕事を辞めて全てを捨てて難関の司法試験に挑んでいます。申し訳ないですが、覚悟が違います。

私は本当に助けるべき人を助けたい。

そのためには冷静で論理的な議論が必要です。

入管にはAさんの件を真摯に受け止めてほしいとは思います。

その一方で、世間や報道機関には、入管をただ「悪いやつ」にするのではなく、何が問題でどうするべきなのか、真剣に考えてほしいです。


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