子どもを性犯罪から守る「日本版DBS」 学習塾・スポーツクラブはなぜ対象外なのか
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要約
・子どもと接する職場への就労希望者に、性犯罪歴がないことの証明を求める仕組み「日本版DBS」について、プライバシー権や職業選択の自由との検討
・学習塾やスポーツクラブは対象外の見通し。理由について公式の見解を示した資料は見当たらないが、これらの職業が許認可性でないことが1つの根拠ではないか。
・学校や幼稚園、保育園とは違い、学習塾・スポーツクラブは特別な許可が必要なものではなく、完全に民間の私的な行為といえる。公的な支配が及んでいないため、対象とするのが難しいのではないか。
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1 日本版DBSとは
日本版DBSとは、教育や保育関係への就労希望者は性犯罪歴がないことを証明し、雇用主もそれを確認することを義務づける制度のことで、政府が成立を検討しています。
これは、性犯罪歴のある人が子どもと接する職業に就くことを制限し、新たな性犯罪被害者を生まないようにすることを目的にしています。
そしてこの日本版DBSについて、学習塾やスポーツクラブについては対象外とする方針となる見通しとの報道がされました。
子どもを性犯罪から守るという点から考えると、これらの職業が外されるのはおかしいのではないかと感じるのが普通の感覚かなと思いますし、その点について国民から批判があると予想されます。上記報道の書きぶりもその点について疑問を呈したいという意図が感じられます。
おそらく「検討していることがわかった」という書き方から考えるに、今回の報道はいわゆる「スクープ」で公式発表の前に内部情報を入手した記者が書いたものと思われます。
なので、なぜそのような判断になったのか、担当省庁の公式な見解は見当たらず、正確なことは分かりません。
今回の記事ではまず前提として日本版DBSの合憲性を検討した上で(ちょうど司法試験の題材にもなりそうな内容なので試験勉強も兼ねて)、学習塾・スポーツクラブがなぜ対象外なのかということを自分なりに推測して書いてみようと思います。
2 プライバシー権・職業選択の自由
※司法試験の答案意識して書きましたが、記事なので若干構成崩しました。
まず日本版DBSで問題になりうるのはプライバシー権(憲法13条)と職業選択の自由(同22条1項)です。
まず前科というものは周りに知られたくない情報ですし、その人の人生を狂わせることにもなるのでプライバシー権として保護されるべき情報です。
また、この法律により子どもと関わる仕事につくことが制限されるので職業選択の自由に対する制約も認められます。
ではこのような制約が正当化されるのかということが問題になります。
この点について、子どもを性犯罪から守るという立法目的は非常に重要です。
子どもは性犯罪から身を守ることができませんし、被害は心身に大きな傷を残します。また、司法を学ぶ者としては前科者に対する偏見というものは持ってはいけませんが、犯罪心理学の世界でも、児童に対する性犯罪は一般的に再犯率が高いと言われていることは考慮するべきです。
そして、そもそもそのような職業に就く人には、子どもに接するうえでの廉潔性が求められます。
その一方で、プライバシー権の侵害といっても、前科が世間一般に公開されるわけではなく、雇用主が知るのみです。当然雇用主においても、職務上知り得た情報は漏らしてはいけないという厳正な管理がされるでしょうから、そういった意味ではプライバシー権の侵害は制限されているといえます。
また、職業選択の自由について、そもそも職業選択の自由とは制約を受けやすいもの(医師免許がなければ医師になれない等)なので、立法目的の重要性に照らすと制約が大きいとはいえません。
このような点から、現状知り得る限りでは、この法律がプライバシー権や職業選択の自由を侵害し違憲である、とはいえないというのが私見です。
3 なぜ学習塾・スポーツクラブは対象外なのか
次にこの法律の適用範囲をどこまでにするのかということについて考えなければなりません。
子どもを性犯罪から守るという目的ですから、適用する職種については広く解釈するべきで、実際にこども家庭庁で行われた有識者会議においてもそのような意見が出されています。
その一方で適用範囲が曖昧であってはならないという意見も有識者会議では出されました。前科情報の公開という重大な効果があるのでそのような考え方も無視はできません。
では、なぜ学習塾・スポーツクラブは対象外なのか。
ここから先は私の推測になります。違ったらごめんなさい。
まず、学習塾・スポーツクラブも子どもに接する密度は教員や保育士など今回の法律の適用を受ける他の職種と変わりません。
むしろ個人的な距離が近く、教員等より性犯罪の危険は高いのではないかと個人的には思います。実際に海外のニュースなどでもそのような事件が報じられます。
ですから、学習塾・スポーツクラブでは性犯罪の危険が少ないという理由で除外しているわけではないと思います。
おそらく、学習塾・スポーツクラブが適用から外される理由は、これらの職業が許認可性・届出制の職業ではなく、公的監視が及ばない民間事業としての面が強いからではないかと私は考えています。
今回適用を受ける職業は、教員、保育士など免許が必要なものばかりです。
また、私立公立を問わず、学校、保育所の設置には学校教育法や児童福祉法などに基づき行政の認可が必要です。
これは学校教育や保育というものが完全な自由ではなく、ある程度国のコントロールを受けなければならないものであるということです。
似たような例でいうと、飲食店は衛生面の管理もありますから、食品衛生法に基づく許可が必要です。
このように、事業・職業の中にはその性質上、完全な自由ではなく、ある程度国の基準を満たすことを要求されるものがあります。
その一方で学習塾・スポーツクラブにはそのような制度はありません。
学校教育や保育は教育を受けさせる義務(憲法26条)にも関わりますし、中卒、高卒、大卒などは社会の中で資格としても機能するわけですから、ある程度の公的コントロールが必要です。
その一方で学習塾・スポーツクラブは民間で自由に行われているものです。ですから自宅で近所の子ども向けに学習塾を開いたり、スポーツを教えたりは自由にできるわけです。自宅でのピアノ教室や、書道教室なども同じように考えることができます。私を含めた多くの人が小さい頃お世話になっているはずです。
このように、学習塾・スポーツクラブは公的なコントロールが及んでいません。
そうだとすると、このような職種で日本版DBSが機能するのか果たして疑問です。どこにどんな学習塾・スポーツクラブがあるのか、現状で行政が把握できるでしょうか?
もし日本版DBSを学習塾・スポーツクラブに適用するのならばこれらの職業を届出制・許可制にする必要があると思います。
個人が地元の子ども向けに自宅でやってるピアノ教室、書道教室なども、行政に届けなければできなくなることが考えられます。
潔白ならばなんの問題もないわけですから、届出制・許認可性にすること自体にはそこまで問題があるわけではないとは思います。
しかし、学習塾などについて、公的コントロールが及ぶのは私はあまり歓迎しません。個人的には学習塾にはかなりお世話になっているので。
教育については学校である程度の質を確保したうえで、学習塾などにおいて民間で自由に競争ができるからこそ試行錯誤の中で新たな教育が生まれたり、教育の発展に繋がることが考えられます。
どちらにしろ、学習塾・スポーツクラブを許認可制・届出制にする法的根拠がない以上、日本版DBSを適用するためにはその面での法整備を先に進める必要があると思います。
4 最後に
ここまで読んで下さった方がもしいるのなら最後に愚痴を聞いてください。
僕の悩みです。悩みを抱えながら記事を書いていることを知って欲しいからここに吐き出すことにしました。
こんな小難しい記事じゃなくて、「子どもを守る!性犯罪者は許さない!行政は犯罪者に甘い!」というような正義感のある記事の方がわかりやすいしかっこいいですよね。
こんな記事書いても「そんなごちゃごちゃ屁理屈を並べるんじゃなくて子どもの安全を守ることを第一に考えるべき」みたいなこと言われるんじゃないかって思うんです。
「お勉強の好きな東大生が理屈だけでなんか言ってる」くらいのことしか思ってくれないんだろうなって。
でも本当に子どもを守りたかったらこういうめんどくさい議論を経ていかなきゃいけないと思うから書いているんです。
単純な熱い正義感だけで守りたいものが守れるとは思えないんです。
仮に「政府がおかしい、義務化をするべきだ」という結論で書くとしても、
「こういう理由で義務化は難しいと政府は考えている。しかし、その理由にはこういう点でおかしな点がある、だから義務化するべきだ」
というのが正しい議論のあり方だと思います。
今回は政府の見解が見当たらなかったので私の思う正しい議論のあり方が展開できませんでしたが、なるべく政府がどういう理屈なのか考えて書いてみました。
でも、世の中の記事を見ているとそういう議論をしている記事は現状見当たりません。
私は記者をやめ、法律を学んだことで以前よりは考えられる物事の深さが格段に深くなったと感じます。そして物事を深く考えなければ守りたいものは守れないって気づきました。
だから学んでよかったって思ってはいます。応援してくれる人もいるし、勉強漬けの毎日ですが苦ではありません。
でもたまに虚しさを感じることがあります。
何も考えずに直感的な正義感で物事が言えたらどんだけ楽だろうなあって。
「政府は犯罪者に甘い!子どもを守れ!」みたいな記事が書きたいなあって。そのほうがかっこいいし楽だから。
勘違いして欲しくないのは私も子どもは守りたいんだってことです。政府関係者もその思いは一緒なんじゃないかなって思います。
ただ、その思いだけで法律は作れないから一見すると血の通っていない議論を経なければならないんだと思います。
考えない人の方が一見するとかっこいいし、社会からわかってもらえるし、愛されるんだろうなって思って、虚しくて怖い気持ちになることがたまにあります。
でも、こういう人間になってしまった以上、もう後戻りはできないんで、進むしかないんです。
(追記)
8月17日時事通信の記事
学習塾等は「職務を定める法律がないため、義務化は困難」とのことです。
「職務を定める法律」には大抵登録や免許に関する規定があるので(旅行業法など)自分が考えていた筋もそこまで外れてはいないのかなと思います。
また、自分と同じような話を展開しているジャーナリストもいたので貼っておきます。
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