避難殺到の埼玉県虐待禁止条例改正案はなぜ生まれたのか

========================================================
要約
・埼玉県虐待禁止条例改正案が批判を集めている
・「虐待」の定義を広く設定しすぎたことが批判を集める理由であると考えられる
・県民へのメッセージを発信したいという思いが強く出過ぎたために、既存の法律や条例の分析が疎かになったことが原因ではないか
========================================================

1 批判を集める虐待禁止条例改正案

埼玉県児童虐待禁止条例の改正案がかなりの批判を集めています

もともと埼玉県には児童虐待禁止条例という条例があり、それを改正するのが今回の改正案です。

内容としては、住居などに児童を放置することを新たに禁じるもの。実質「お留守番」もできなくなり、親に過度な負担がかかるとの批判があります。

(参考)
改正案原文
埼玉県児童虐待禁止条例(改正前)

罰則規定はないものの、「放置してはならない」という強い文言になっており、努力目標といった類の規定ではなく禁止規定に見えます。

確かに、親がパチンコ店に行って高温の車内に子どもを放置して亡くなったというニュースは未だによく見ますし、そのような事例を防ぎたいという気持ちはわかります。そのような目的で制定された改正案なのでしょう。

しかし、今回の条例は虐待という行為を広く捉えすぎており、それが批判される理由であると考えられます。
(※厳密には条文上「虐待」と定義したわけではありませんが、虐待禁止条例中に位置付けられている以上、虐待と同視しているものと読むことができます)

2 虐待を定義することの難しさ

前提として虐待を定義することがどれだけ困難かということを認識するべきです。
同じ日本人でも、子どもの育て方や教育方針は家庭によって様々です。ある家庭の教育方針が、別の家庭からしてみたら「虐待」に見えるかもしれません。

ましてや、国や地方公共団体の公権力が家庭で起きていることを「虐待」とみなすためには、相当な慎重さが求められます。

3 既存の法律の分析は十分だったのか

そうした困難な課題に対して、今ある法律はどのように対応しているのか。

「虐待」の定義は児童虐待防止法に列挙されています。

ちょっと長いですが大事なので全文載せます。

(児童虐待防止法2条)

 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。

 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。

 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。

 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。


では今回問題になっている改正案の条文はどうでしょう。

(虐待禁止条例改正案)
6条の2 (略)住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない。


既存の法律と、今回の改正案を比較したときに見える最大の違いは「結果への言及」の有無です。

児童虐待防止法は全て、「心理的外傷」「正常な発達を妨げる」等、結果発生の危険性のある行為を「虐待」と定義しています。

しかし、今回の改正案では「放置してはならない」とするのみで結果について言及していません。
「放置」と一言に言っても猛暑の車の中に放置するような悪質なものもあれば、いわゆる「お留守番」のような全く問題ないものもあるわけです。

これらを全て一律に禁止するような広い解釈のできる条文にしてしまったがために、批判が殺到していると考えられます。

例えば、「児童が自らの安全、健康を維持できることが期待できない状態で放置してはならない」といった条文であればここまでの批判はなかったかもしれません。

ただ、どちらにしろ、そのような行為は上にあげた児童虐待防止法2条3号で既に禁止されています。法律で禁止されているのに、条例で二重に言及するべきなのか、その必要性が分かりません。

虐待死を防ぎたいという熱意はわかりますが、既存の法律や条例で対応できないものを補充するのが改正案であるべきで、既存の法律や条例をしっかり勉強した上で今回の改正案が作られたのかということに疑問を感じます。

4 改正案には評価すべきことも

そうは言っても虐待がなくならないことに対して手をこまねいてみているわけにはいかないという思いが今回の改正を進める原動力になったのでしょう。

虐待を防ぐという目的において、今回の改正案のもう1つの目玉である、県民の虐待の通報、通告義務を定めた点は、評価してもいいのかなと感じてはいます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?