「教員には残業代を払わない」給付特別措置法 必要なのは感情論ではなく理屈を踏まえた反論

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要約

1 給特法の理屈に対する反論
①創造性、自主性に期待する仕事は教員以外にもたくさんある
②「自主的」な行為だからといって労働に当たらないとするのは評価の合理性に欠ける
③長期休みがあるからといって勤務時間の管理が難しい理由にはならない
④法律の適用がない私立教員との違いに合理的な説明がない
⑤給与管理者と勤務管理者が異なるのは制度の問題であり、制度を変えるべき。制度上の問題の不利益を教員が被るのは公正と言えない
⑥給特法は「特別措置法」であり緊急事態に対応するための法律。成立時の経緯を吟味した上で、今もそれを継続するか検討するべき
2 その上で残業代ありきではなく、そもそも教員がやるべきでない仕事を減らすなど、労働時間を減らす取り組みを進めるべき
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これは私の持論なのですが、どんなに家庭環境が悪くても受けられる義務教育は、日本における最強の社会保障だと思っています。そして、その質の確保のためには教員の質が重要であり、教員の質の確保のためには教員の待遇の改善が必要です。

教員の待遇改善のために、今盛んに議論されているのが教員給与特措法(給特法)の是非についてです。

簡単にいうと「教員には残業代を払わない」と定めた法律で、廃止を望む声も多くあります。

給特法の是非について、趣旨や歴史を踏まえながら論じていきたいと思います。


1 なぜ教員は残業代がないのか 教員という仕事の「特殊性」

まず、基本的に法律の目的は1条に示されるので1条を見てみましょう。

〈給付特法1条〉
この法律は、公立の義務教育諸学校等の教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき、その給与その他の勤務条件について特例を定めるものとする。

「職務と勤務態様の特殊性」という文言、つまり、教員という仕事は特殊だからということが残業代が支払われない理由となっています。

この文言だけだと、どいう点で特殊で、それがなぜ残業代がないことにつながるのかが不明です。
もう少し詳しく見るために財務省の分科会で示されている解釈を見てみましょう。

教員という仕事の特殊性として
・教育が特に教員の自発性、創造性に基づく勤務に期待する面が大きいこと
・夏休みのように⻑期の学校休業期間があること

が挙げられています。

2 給特法に対する反論

この辺りも踏まえて給特法の考え方に対する反論を述べていきます。
要約すると以下の6つです。

①創造性、自主性に期待する仕事は教員以外にもたくさんある
②「自主的」な行為だからといって労働に当たらないとするのは評価の合理性に欠ける
③長期休みがあるからといって勤務時間の管理が難しい理由にはならない
④法律の適用がない私立教員との違いに合理的な説明がない
⑤給与管理者と勤務管理者が異なるのは制度の問題であり、制度を変えるべき。制度上の問題の不利益を教員が被るのは公正と言えない
⑥給特法は「特別措置法」であり緊急事態に対応するための法律。成立時の経緯を吟味した上で、今もそれを継続するか検討するべき

確かに教員は自発性、創造性といったところが重視される職業ではあるものの、世の中に多様な職業がある中で、教員と同等、またはそれ以上に自発性、創造性を重視する職業はあると考えられます。そういった職業でどのような勤務が行われているのかということは考慮するべきで、なぜ教員のみ残業代がないのか不明です(①)。

創造性、自発性という解釈に関連して、「教員の時間外労働は命じられたものではなく、あくまでも自主的に行なっているものだから労働には当たらない」という考え方もあり、実際にそのような判例があります。
しかし、「自主的」と捉えられる仕事が不必要な行為であるとは言い切れませんし、自主的にやっているように見えても、実質的には同調圧力による強制として労働と考えるべきケースも考えられます(②)。

また、「夏休みのような長期休暇があること」という分科会の2つ目の理由がありますが、これについて、教員に限らず繁忙期とそうでない時期があるのが仕事というもので、なぜ勤務時間の管理が難しいということにつながるのかその理由があまり腑に落ちません(③)。

また、給特法は公立の教員にのみ適用されますが、「教員の特殊性」というこの法律の正当化理由は私立の教員についても当てはまります。同じ教員という仕事をしながら片方は残業代がもらえて片方はもらえない。確かに公費から給与が出るから私立と違って厳正な勤務管理が必要という面もあるかもしれませんが、この不平等を正当化するほどの理由には思えません。

さらに財務省の分科会の資料では給与管理者(国、県)と勤務管理者(市町村)が違うから、使用者側に労働時間を減らすモチベーションが生まれず、労働時間が増えることにつながるという見解が示されています。
確かに、普通の企業であれば給与を出すのも仕事を管理するのも使用者なので、人件費を抑えるために残業をさせないという意識が働きますが、現状の教員の制度だとそれが機能しないという理屈は理解できます。
しかし、それはあくまでも制度上の不備です。その仕組み自体をどう変えるか検討するべきであって、制度上の不備による不利益を一方的に労働者たる教員が被るのは不公正です(⑤)。

最後に給特法は「特別措置法」に分類されます。特別措置法は、緊急事態などに際して現行の法制度では対応できない場合に、期間や目的などを限って集中的に対処する目的で特別に制定される法律のことを指します。

そもそも給特法が成立したのは46年。給特法ができる前は教員にも残業代が支払われていましたが、実際のところ支払われなかったり、曖昧になったりして裁判になるケースが相次ぎ、そういった混乱を収めるために給特法が成立しました。

つまり、給特法はあくまでも混乱に対処するための一時的な法律とみるべきで、その理屈が何十年経った今もまかり通っているのは正当と言えません。

成立当時は残業代の管理が曖昧で混乱した、という事情があったようですが、勤務管理がより現代は当時に比べて厳正に行われるようになっていますし、勤務記録のデータ化などでかなり管理しやすくなっています。

だとすると、当時の理屈が現在に通じるとは思えません(⑥)。

なお、給特法に反対する人たちの意見として「成立制定当初に比べて残業時間が増えているんだから残業代を出さない法律は時代遅れだ」という意見が見られますがこれに関してはあまり効果的に思えません。
残業が少ないこととこの法律の制定にはあまり関係がないからです。
「昔は残業なしでできたんだから、今がおかしいんだろ」という再反論が飛んできた時にうまく対応できない気がします。
残業代を出す前に、残業を減らす取り組みが先だ、という理屈に流れてしまいますし、私もそのように感じていた時期もありました。
それよりは私の記事のように、そもそもこの法律を正当化する理論に不備があることを示した方が、より直截的だと感じます。

3 報道に感じる物足りなさ

以上を踏まえてです。

この問題に対する報道のあり方には物足りなさを感じてしまいます。

よくあるのが
「都内の教員Aさん。先月の勤務時間は〇〇時間。休日はありませんでした、、、」
というような始まり方で教員がいかに大変かをアピールして、給特法が時代遅れであると批判して終わり。
みたいな流れです。

給特法にはどのような理屈があって、その理屈がどのような点でおかしいのか、ということに踏み込んだ報道は見受けられません。

「現場の声を届ける」立派なことだと思います。
ただ、それだけで誰かを助けられるでしょうか?世の中を変えられるでしょうか?

何かを主張したいと思ったときには常に反対側の理屈があるものです。政府を批判したいのであれば、政府の理屈を理解した上で、その理屈がどう現場にあっていないのか主張するべきです。

給特法を廃止させたいのであれば、給特法の成立経緯、理屈、政府の解釈などを踏まえた上で、それがどう間違っているのかということを示すべきです。そのやり方はこの記事で示したつもりです。

「現場の声を拾う」にしても、どのような反論が考えられて、その反論のためにはどういう事実を補強しなければならないのかということを考えれば、より効果的に現場の声を拾うことができるでしょう。

私が現場の声を拾うとすれば、給特法が適用されない私立学校を取材しますね。
私立学校で「私たちの学校では教員に残業代を出していますが特に問題は生じていません。むしろやる気に繋がってます」みたいな声が取れれば、給特法が不要であるという理屈に説得力を持たせられる気がします。

報道機関の皆様には、もっと物事の原理を理解して、効果的な報道をしてほしいですし、受け取る側の国民の皆様にも問題に対する表面的な理解で社会は変えられないことをぜひ肝に銘じてほしいです。

4 残業代ありきではない 労働時間削減に向けて

さんざん給特法や政府の解釈を批判してきましたが、そもそも教員が本来やらなくて良い業務を減らすべきだという、財務省の分科会の資料の内容にはかなり説得力を感じます。

確かに、部活の顧問など、本当に教員がやるべきなのか検討が必要な仕事はたくさんあります。

また、教員という仕事が、教育という目的を超えて、サービス業のようになってしまっている面もあるかもしれません。いじめなどで教員の対応が社会的に問題視されることが多くなり、これが教員への過度な責任の押し付けに繋がっている可能性もあります。

こういった自体を踏まえて、分科会はさまざまな提案をしています。

まずは部活の外部指導員、スクールロイヤー、カウンセラーといった人材の活用。

また、自治体の教育委員会によっては伝統にとらわれずに本当に必要な業務に集中してもらうという取り組みも行われています。奈良県教育委員会の保護者に向けた協力依頼も分科会の資料で引用されています。

・学校行事などの業務を見直します(「常識」や「伝統」にとらわれず真に必要な活動に集中します)
・学校は、留守番電話を設定するなど、時間外対応が原則できなくなります。
・休日の地域行事等について、教員への参加要請等は可能な限り避けて下さい。
・給食や掃除、登下校の見回り等学校ボランティアへのお願い。

かなり参考になる改革だと思います。

残業代を払わないという法律はその根拠が合理的でないので改正されるべきとは思いますが、その前提としてまずは不必要な労働時間を減らす仕組みを整えることは必要です。

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