パリからの手紙

7月8日,18××年

懐かしいロミオへ

 私達、こうやっていつも手紙をやりとりしているけれども、もう随分長く会っていないわね。今、成長したあなたの姿を見ることができたら、声を聞くことができたら、いったいどんな感じかしら?

 私は相変わらずカセラ先生のところでナースの見習いを続けているわ。そして、今は先生と一緒にパリに来ているの。先生は学会に出席するためにパリまで来たんだけれど、私無理を言ってパリまでついてきちゃったのよ。それというのも、あなたが前々から話してくれていた彼女――アンジェレッタに会ってみたかったからなの。だってロミオ、あなたったらしょっちゅうアンジェレッタの事を書いてよこすんだもの。「アンジェレッタって最高に優しいんだ」とか、「病気が良くなってきているのか、いつも心配しているんだ」とか。その他にも、彼女にもらった十字架のペンダントの話、それに彼女の誕生日にお兄ちゃん達と一緒にお祝いをした話……、挙げるときりがないわね。

 それから彼女のお祖母様――イザベラ様の事も色々書いてくれたわよね。イザベラ様にはあの日、お兄ちゃんと一緒にお目にかかって、とっても助けていただいた事、まるで昨日の事のように覚えているわ。そして、その日とその翌日の事を思い出すたびに涙が出そうになっちゃうのも、昔と変わらない……。

 そうそう、それで私、パリに着いてから、早速アンジェレッタ・モントバーニを訪ねたわ。あなたいつか書いてよこしてくれたわよね。「アンジェレッタは絵を描くのが好きでよくスケッチをしていたけれど、アンジェレッタ自身まるで絵に描かれた天使のようなんだ」なんて。私はちょっと大袈裟に書きすぎているんじゃないかしらって思っていたんだけれど、会ってみると、あなたがそう書くのも無理ないわって思ったわ。本当に羨ましいくらい天使みたいなんだもの。自分でも不思議なくらい、素直にそう思えたわ。

 私が、案内されてアンジェレッタの部屋に入ると、彼女はベッドの上で起き上がって、優しく微笑んで、私を迎えてくれたの。

 まず口を開いたのはアンジェレッタの方だったわ。「こんにちは。あなたがビアンカ・マルティーニね。初めまして、アンジェレッタ・モントバーニです」って、とても綺麗な声で挨拶してくれたのよ。それに対して、私は、初対面だったから改まっちゃって「お会いできて光栄です。モントバーニのご令嬢様」って、できるだけ丁寧にご挨拶したの。だって、伯爵家の人じゃない。私、貴族の方とお会いする時には、こんな風にご挨拶してきたし、今でもそうご挨拶するわ。

 でも、アンジェレッタは私のご挨拶を聞くと、「アンジェレッタって呼んで。ロミオにもそう呼ばれているんだもの」ってクスクス笑いながら言ったのよ。そしたら自分でも何だかおかしくなっちゃって、赤くなりながらクスクス笑っちゃったわ。

 そしたら彼女言うじゃない。「本当に想像していた通りね。ロミオがよく手紙に書いてよこしてくれる通りのかわいらしい人だわ」って。私、さっきまで緊張していた事なんてすっかり忘れて、「私の事なんて書いてよこしたんです?」って思わず訊いちゃったわよ。彼女はそばに置いてあった綺麗な彫刻の施してあるレターボックスに手をのばして、あなたが彼女宛に書いた手紙のうちの一通を、大事そうに取り出して見せてくれたわ。

 ロミオ、あなた自分が私の事を彼女になんて書いてよこしたか覚えている? その手紙にはこう書いてあったわ。

「ビアンカはショートカットの綺麗な金髪に、青い瞳を持っていて、上品な白い顔をしているんだ。でもほんの時たまその白い頬が赤くなってね。そういう所も含めてとてもかわいいんだ……」

 なんだか読んでいるうちに、こっちの方が恥ずかしくなっちゃったわ。

 それから私達、長いこと話しこんだの。アンジェレッタがはじめてあなたに会った時のこと(これはもうあなたから聞いていたから大体知っていたけれども、アンジェレッタ自身の口から聞くのは、あなたから聞くのとはまた違って興味深かったわ)や、あなたがアンジェレッタにした故郷の話、彼女がミラノにいる間にあなたがした事、それにあなたが彼女に黒い兄弟の仲間たちの話をした事、等など沢山の事を聞いたわ。その中には私があなたから聞いて、もう知っていることも沢山あったし、――それほどあなたは私に色々な事を書き送ってくれたものね――そういう話も改めて聞く事ができて嬉しかったけれど、でもやっぱりとりわけ私の知らなかった話は印象的だったわ。

 ロミオ、あなたアンジェレッタに「抜けるように青いミラノの空を描いてくる」って約束したことがあったそうね。本当にあなたらしいわ。向こう見ずで。絵なんて描いた事なかったんでしょ? 「抜けるように青い空」なんてどう描こうと思っていたの? それはそうとアンジェレッタはあんまり嬉しかったものだから、それがどんなに難しい宿題なのかも忘れちゃって、ついスケッチブックをあなたに渡してしまったそうね。

「それで結局ロミオはその宿題をどうしちゃったんですか?」って聞いたら、彼女は微笑みながら、窓際のオルゴールの横に置いてある小さな箱を開けて、白い鳥の羽を見せてくれたの。「これを見たら、懐かしいミラノの街と一緒に、青空の下のロミオの姿が思い浮かぶの」って、彼女目をとじながら言ったわ。

 今更だけど、あなたとアンジェレッタは本当に強くお互いを想いあっているのね。そう、あなたとお兄ちゃんがお互いに強く信頼し、頼りにしていたように……。

 もちろん、私も聞いているばかりじゃなくって、沢山喋ったわ。あなたが仕事中に怪我をした事とか、ミカエルのカメオを買い戻した事、私と一緒に人形劇をやった事なんかは、アンジェレッタも知らなかったみたいで、びっくりした顔をしたり、楽しそうな表情をしたりして耳を傾けてくれたわ。怪我の事は余程気にかかったみたいね。アンジェレッタったら私に色々尋ねてきたのよ。「ひどくなかった?」とか、「お母さん(※注・エッダ)に酷いこと言われなかったかしら?」とか。私がひととおり話したら安心したみたいだけれど。

 その後、話はお兄ちゃんの事になったの。ロミオ。アンジェレッタはお兄ちゃんとも会って話をしたことがあるって私にもいつか書いてくれたわよね。彼女は初めてお兄ちゃんに会った日の事をとてもよく覚えていて、詳しく私に話してくれたわ。はじめの方にも書いたけれど、その日は彼女の誕生日で、あなたが黒い兄弟の仲間を呼んで一緒にお祝いしたんですってね。「あなたのお兄さん、アルフレドは本当に紳士的で、品があって、見ただけで知性と勇気と優しさと、そして強い意志を持っているのが分かる素敵な人だったわ。その時一度握手してくれたけれど、私、まだその感触を覚えているのよ」って言うと、アンジェレッタはまた例のように目を軽く閉じて、その手をもう片方の手で軽く握りながらそう言ったわ。お兄ちゃんみたいな最高の男の子、世界中探したっていないでしょうけれど、天使みたいなアンジェレッタからそう言われると、私も妹として鼻が高かったわ。

 大公様の御邸での事は、あなたも詳しく書いたみたいだし、それからイザベラ様も彼女に話したそうだから、アンジェレッタは大抵の事は知っていたわ。その手紙を読んでいる時や話を聞いている時は、ハラハラドキドキしたそうよ。そして、彼女は言ったわ。

「真実が明らかになってよかったわね。あなたもアルフレドもとても辛かったでしょうけれど、神様は……」そこで彼女は急にハッと言葉を切って、あの日のことを思い出して一筋の涙を落とした私を見たわ。私は彼女の言葉をついで言ったの。

「神様は私達のそばにいて下さったわ……。そして、どういうわけかしら。身の潔白を勝ち取ったお兄ちゃんをそのままお召しになってしまったの……」

 アンジェレッタは同情するような目で私を見つめ、黙って私の手を握ってくれたわ。あなたははじめてアンジェレッタの手を握った時、病気のせいであまりに熱かったんでびっくりしたって書いてくれていたけれど、この時のアンジェレッタの手は私にはとても温かくて心地いいぐらいだったわ。まるで彼女の優しさがそのまま滲み出ているようだったの。あなたの言葉を真似るつもりじゃないのだけれど、私、あんな子は、はじめてだったわ。

 それから、私はハンカチで涙を拭いて、できるだけ明るい笑顔をつくったの。「でも大丈夫。お兄ちゃんがいなくて寂しくて辛い時もあるけれど、カセラ先生は優しいし、学校にも通わせてもらって友達も出来たし、ニキータ達も色々気をつかってくれるのよ。ロミオとは私も手紙のやりとりをしているわ。それに私には夢があるもの。立派なナースになるっていう。だから先生の所で見習いもしているのよ」って言ったら、彼女も微笑んで、「素敵な夢ね。夢を持てるってとても幸せなことよ」って言ってくれたわ。でもその笑顔は心なしか少し寂しげに見えたの。それで私、彼女を喜ばせたくって、勢いにまかせて彼女に「ねえ、アンジェレッタ。私達友達にならない?」って言っちゃったわ。そしたら彼女も目を輝かせて喜んでくれたの。彼女はミラノでもパリに来てからもあまり外には出ないものだから(勉強は家庭教師に教えてもらっているそうなんだけれど)、同じ年頃の女の子の友達がほとんどいなかったらしいのよ。だからとても嬉しいって言ってくれたわ。それで私も調子に乗って、「じゃあ、お兄ちゃんとロミオにならって友情の誓いをたてましょう」って言ったら、彼女はすぐに「わー、素敵ね」って賛成してくれたの。でも私達、まさか女騎士ジャンヌ・ダルクじゃないから、別の事をして誓いのしるしにすることにしたわ。

 アンジェレッタがいるその部屋には、普段イザベラ様が弾かれる大きなグランドピアノがあったから、私がそのピアノで彼女のために何曲か弾いて、彼女はそれをスケッチしてくれることになったの。モーツァルトとシューベルトとショパン、それにお兄ちゃんが作曲した曲も弾いたわ(暗譜するくらい弾いていたのよ)。ピエモンテにいた頃、お兄ちゃんと一緒によく合奏した事を思い出しながら……。

 アンジェレッタはピアノを聴きながら、時折瞼を閉じたり、私の方を見たり、画用紙に目を落としたりして、ピアノを弾いている私の絵を3枚描いてくれたわ。あなたから聞いてはいたけれど、アンジェレッタって本当に絵が上手ね。出来た絵は3枚ともそっくりなのよ。アンジェレッタはそのうちの1枚は自分で記念にとって置くのを望んで、2枚を私に渡してくれたわ。1枚は私に、もう1枚はロミオにですって。「どうして私に託すの?」って訊いたら、彼女は寂しく微笑みながら、「私、こんな病気だからロミオの所へは当分行けそうにないし、それに神様がいつ私をお召しになるか分からないもの」なんて言うのよ。「そんなこと言うものじゃないわ」って私言ったけれど、彼女はただ微笑んで、「ロミオによろしくね」って言ったの。私、一瞬変なことを思い出しちゃったわ。あなたから聞いた、お兄ちゃんがあの日の前日に口にしたっていう意味ありげな言葉を。

「アンジェレッタ、大丈夫よ。ナースの卵の私の見立てでは、あなたは必ずよくなるし、ロミオにも会えるわよ。今日だってこんなに沢山お喋りできたじゃない」って私言ったんだけれど、彼女は「ありがとう」と言って瞳を潤ませるばかりだったわ。

 その後、イザベラ様がご帰宅なさって、私改めてお礼を申し上げたわ。イザベラ様とも色々お話をしたんだけれど、もう便箋もなくなったし、次の機会に書く事にするわね。

 じゃあロミオ、勉強頑張って! あなたの健康と幸運を神様にお祈りするわ。

かしこ

パリ、オーステルリッツホテルにて

    あなたの誓いの友の妹にして文通相手  ビアンカ・マルティーニ

 追伸:アンジェレッタのスケッチは、折り曲げたくないから、今度会った時に渡すわね。

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