自費出版。

 丁度バブルの頃だったか、自費出版が流行った事があった。
零細出版社とか、そもそも詐欺で金だけ取られるなんて被害もあった。
発行部数もある程度名の知れた出版社やそこに連なる会社だと部数も少なめで依頼できるが、弱小や詐欺だと五千部とか捌ききれない部数で契約を迫られ倉庫代請求されたりのトラブルが聞こえて来た、そんな時の話。

 昼休憩の時そろそろ定年退職か相談役として残るか、そんな歳の部長が喫煙室で「君、よく読書してるけど本は好きなのかね?」
「ええ、好きですね。古本屋巡りなんかも良くやりますよ」
「そうなのか、自伝とかも読むのかね?」
「古本屋に自伝とかもありますね、買う事は滅多にないですが」
そんな事を喋りながらタバコを吹かしていると
「自伝出そうと思ってるんだが」
自伝、これは曲者だ。
余程名のある人、松下幸之助とか本田宗一郎とかの著名人なら売れるだろう。
大手とはいえ名を売った人でもない物の自伝、売れる事は無いだろう。
今まで自費出版で成功、というか上手く行ったのは50部作って親戚とお世話になった恩師、後輩に渡して一冊は自分の棺桶に入れてくれと家族に伝えてるそう。
「どの程度発行する予定ですか?」
「三千部からって話なんだが」
「部長、どのような説明を聞いてますか?」
「親戚とかに売れなかった分はこちらで売りますと」
「それは、罠ですよ。考えてみて下さい、どこの誰とも知らない人の自伝読みたいですか?」
「そうだが、任せてくれと」
「口では何とでも言いますよ。よく聞くパターンだと刷りました、売れません、倉庫の管理代下さい、出来ないなら送ります、のパターンですね」
「だったら最初から家に送って貰えば」
「甘い、甘いですよ。三千冊の体積求めてみましよう。本の装丁は新書ですか?ハードカバー?」
「ハードカバーらしい」
「だとすると・・・」
計算で出た体積に言葉を詰まらせる部長。
「それだけじゃありません、その本売るとなると本屋に営業かけないといけません。知り合いの本屋とかありますか?」
首を左右に振る部長。
「そうなるとこの本と暮らす事になりますが」
意気消沈する部長にちょっと後ろめたさが出て
「自費出版自体はいいと思いますよ、ただ部数を落とせないなら契約は見送った方が良いかと」
それから大手出版社のA社なら〇〇部からでいくら、B社ならこんな感じと教え余談として同人誌御用達の印刷所ならこんな感じと言うと
「同人誌とは?ずいぶん安いようだが」
「学生の頃旅行のしおりとか作ったと思いますけど、アレのちょっと豪華版ですか
ね」
「ああ、なるほど」
「もうちょい綺麗な装丁してくれる所もありますけど、高いですね」
そんな話をしてると昼休憩も終わり、仕事に戻った。

 その後自伝の話も忘れて喫煙所でタバコを吹かしてると部長が来て
「私君、自伝作る事にしたよ」
その後最後に教えた同人誌御用達の印刷所に連絡を取った所、値段も部数も納得のいく範囲で作れると分かり契約する事にしたと教えてくれた。
表紙もハードで作れると知り逆に驚いたりして話してると
「あの時止めてもらって良かった、危うく奥さんから怒られる所だったよ」
「お役に立てて何よりです。後は執筆頑張るだけですね」
「それがさ、早く作りたくてもう書き始めてたんだ」
イタズラ教えてくれる子供みたいにニコニコ笑顔でこっそり教えてくれる部長。
部署が違ったから一緒に仕事した事はなかったが、こんな上司だったら楽しかっただろうな、なんて考えながら喫煙所で本の完成を待ち侘びてお喋りを楽しんだ。

 更にその後、他の部長から
「私君、止めてくれてありがとね」
聞くと件の部長が自費出版に前のめりで危ないなと感じて私が詳しそうだから聞いてみたら?と振ったそう。
 確かこの部長は飲み会の時同人誌の話はした気がしたが、よく覚えてたなぁと感心しつつ事件があったから多少調べてたけどそれがなかったらどうしたんだろうと、せめて事前に教えてよとちょっと怖くなった一幕でした。

 今はネットでこうして書けるし、お金や在庫に関してはノーリスクで気軽に出来るのがいいね。
そして、もうこの手の詐欺は無いと思うけど自費出版には色々ご注意を。

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