「香花を懐かしみ、紫を邀める 」第1話
あらすじ
・蠱業使いのアコラスは死期を恐れて生業から手を引こうとするも、その代わりに非天の王を殺せと言われてしまう。罪を償うためにも承諾するが、法師はアコラスを手放す気はなく、彼の持つ宝珠を我が物にしようと企んでいた。
また、アコラスに近づく公子カウリスも、果たしたい目的があるらしい。
序章
万壑は透き通った翠に沈み、千山を連ねる霊峰は天を貫くほど堆くそびえていた。
松脂の匂いが満ちる、旧い山である。
怪巌峨々とひしめく山肌に、巻き上がった白雲の濤が砕かれ、その一片の群れから丹頂が飛びだした。
白いからだはするりと青松を掻き分けて天高く駆け上る。
曙に染まる百花を押し分けるのは、余香を纏った青鸞の羽。
雨のごとく垂れ込める玉廉を掻き分け、ぐん、と、高くのぼりつめた先、古めかしくも清らかな香りに包まれた寺院が、押し出されるようにして姿を現す。
その花鳥の輝きは、草木が発するようにして絡みつく、透かし細工の金飾りである。
逆巻く光りの塵は楼閣の庇となり、水煙は吊り灯籠に姿を変え、印香の綾を辿るかのような火袋に、黄花の蕾が日射のごとく燦然と光りを宿す。
鮮やかな松風に染め抜かれ、紅梅をちりばめた廟に、銀河のささやく声があれば、天蓋に垂れる万もの金華の音。
金彩を施し螺鈿をあしらった須弥壇に、金梅の花の色の蓮台。その金色の花から生まれ出でたような一体の裸像が、世塵をそぎ落とした身体を、金紗に包んで厳かに佇んでいた。
まるで露を帯びた迎春花のような美しさであった。
この聖人の衣の端を一目見ようと、参道に連なる人の足は険阻な山道を埋め尽くす。
粉塵が悉く視界を奪い、雲霧の影が眼前を幾度と遮ろうとも決して途切れることはない。
繁栄は天風悠々として限りなく、青海漫々たるごとく、広く栄えていくばかりと思われた。
しかし、めくるめく光陰の影に、陰の気配は潜んでいた。
孤影を宿す男の手が、慌ただしく駆け巡る烏兎の尾を掴むように、燃え尽きた花の灰を握りしめている。
千々と燦めく花吹雪はすべて火の粉と成り果てていた。
朱塗りの山門は黒く焼け落ち、金銀と眩しかった寺院は白く枯落し、万代を咲き誇った花は色さめた。
歪みから、魔が境内に入り込んだものと思われた。
爪の先まで猛々しく、隆々と盛んな体つきの男の視線の先には、燻べる残花の下、打ち壊された像の姿が遺るのみであった。
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