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【積妄に捧ぐ】山田たかしの数奇な人生特別編♾️ #197

またまた、たかしです。(どんだけ好きなん)

実は先日、スタエフライブにて、たかしの生みの親スコッチさんが新たなたかしシリーズを生み出してくれました。

そのライブとは、積読になっている本のタイトルから本の内容を妄想するというライブで、皆さんの発想力が大変に素晴らしくかつ面白いのでぜひ聴いてみてほしいです!

そして、そのエピソードの中から、タクシードライバーのたかしを取り上げ、超短編小説にさせていただきました。

スコッチさん、そしてオチを考えられたサクッチさんに捧げたいと思います。

放送はこちら🔻


 たかしはもう何年もタクシードライバーをしていた。毎日が平凡で、特に変わったこともなく、ただお客様を乗せて目的地に運ぶだけ。

 そう、あの日までは。

***

 その日は雨がしとしと降っていた。たかしはいつものように、いつものルートを、ワイパーで雨を払いながら運転していた。

 雨だからすぐに客を拾えるだろう。そんな予想に反し、誰1人タクシーを拾おうとする者はいない。どこかに止まった方が効率がいいか?そんなことを考えていた時だった。

 道端で、一人の老婦人が手を挙げているのが見えた。コッチコッチとウィンカーを鳴らしながら老婦人の方へ寄っていき、後方扉を開ける。
 手にキャリーケースを持っていたのが見えたため、「お客さんは先に乗っていてください」と声をかけ、慌ててトランクにキャリーケースを積み込んだ。

 傘にしとどについた雨を払いながらタクシーに乗り込んできた老婦人は、背中を丸め、少し疲れた様子であった。急いで運転席に戻ったたかしがルームミラーでその様子を観察しながら「どこまで行かれますか?」と聞くと、老婦人は暫く黙り込み、そっと静かに呟いた。

 「樹海まで、お願いします」
 「え、樹海って……あの樹海ですか?」
 「はい。難しいでしょうか」
 「難しいというか……かなり距離ありますし、金額も結構かかっちゃいますよ?」
 「お金は……大丈夫です。持っていますから。お願いします、連れて行ってください」

 静かに、しかし引く様子のない老婦人に、まあ今日は客も少ないし1日潰してもいいか、と思い直したたかしは、「わかりました」と答え、滑らせるように車を発進した。

 樹海までの車内は、とても静かだった。
 時々ルームミラーで後部座席を覗いてみたが、老婦人は静かに窓の外を眺めるばかり。
 樹海といったら……とある予感はよぎったが、たかしの信条は「客に立ち入らない」であったから、そのまま車を走らせ続けた。

 樹海に到着すると、老婦人は高額なタクシー代を支払ってゆっくりと車を降り、キャリーケースを下ろすたかしを見つめていた。ふと「ああそうね……」と誰かに応えるかのように呟いた老婦人は更にこう続けた。

 「運転手さん。本当に申し訳ないのだけれど。そのキャリーケースをもらっていただきたいの。要らなければ捨ててちょうだい」

 たかしは急にそう言われ困惑したが、車内から続いている予感、そして、既にかなりの実入りになっていたことも手伝って、「わかりました」とキャリーケースを受け取った。

 たかしにキャリーケースを手渡した老婦人はほっとした様子でにこりと微笑み、樹海に向かって消えていった。

 その背中を見送り、たかしは一応確認しておくか、とキャリーケースを開いてみた。しかし、パタンとすぐに閉める。困惑しながら再度そーっと開く。そこには見たことのないような数の札束がが詰まっていた。急に心臓がどくどくと激しくなり始める。誰かに見られていないかときょろきょろ周りを見渡すが、ここは樹海。シーンと静けさが鳴り響くばかり。

 急に怖くなったたかしは、まずは家に帰ろう、そう思い、フラフラとタクシーに乗り込み家路についた。

****

 1億円。それが、キャリーケースに入っていた金額だった。警察に届けることも考えたが、それを止める者がいた。そう、"あの"老婦人だった。

 あの日から、たかしには老婦人の姿が透けて見えるようになっていた。まるで幽霊のように。いや、幽霊なのだろう。虚な表情で常に彼の周りを漂っていた。

 自分の頭がおかしくなったのだろうかと思い病院で検査を受けてもみたが、いたって正常。
 そうこうしているうちに、その生活にも慣れていく。

 老婦人は、普段は静かにしているのだが、1億円のことを警察に電話しようかとチラとでも考えようものなら、耳元に来て騒ぎ出した。
 それはもはや明瞭な言葉ではなかったが、おそらく警察には届けるなということなのだろう。
 試しにと思い1億の中からいくらかお金を抜いて使ってみたが、それに対しては何も反応せずただただ漂っているばかりであった。

 視界に老婦人がちらつき運転に集中できなくなっていたたかしは、タクシードライバーを辞めることにした。
 外で働くのは難しいかもしれないし、いざとなればあの1億円がある。
 何か家で始められること……そう思って始めたのが、Webサイトの管理人であった。

 しかし、これは自分で一から立ち上げたものではなかった。
 キャリーケースの中にサイトに関する説明がなされた紙が挟まれており、管理人となるよう指示が書かれていたのである。

 無視をしても良かったが、時間は有り余るほどある。興味本位でサイトにアクセスしてみたところ、そのサイトは「樹海」という名のサイトであった。

 たかしは何をするでもない。定期的にサイト内を巡回し、必要なときにはメンテナンスをかけるだけだ。その中でどういったコミュニケーションが行われているかには一切興味がなかった。

 だが次第に、「やらねばならない」と何かにせき立てられるような感覚を覚えるようになっていた。それはまるで脳内が書き換えられたかのような。自分ではない、誰かの意思を感じることがあった。

 サイトは順調に成長し、1億円から使った分も補填でき、日々の生活には困らなくなっていた。

 しかし、どこか満たされない。ある雨の日、たかしはふと、それは本当に突然に、タクシーに乗り再び樹海に向かうことを決意したのだった。

 タクシーの運転手に「樹海まで」とだけ告げ、キャリーケースと共に乗り込む。運転手は「お金かかりますが」と嫌そうなそぶりを見せたが、「お金は大丈夫です」と伝えると、諦めたように車を走らせた。

 窓の底に流れ行く景色を見るともなしに眺める。これが、あのとき老婦人が見ていた景色か。
隣に座る老婦人と一緒に、タクシーが止まるまで
ぼんやりと眺めていた。

 樹海近くに到着すると、たかしはキャリーケースを持って車を降り、代金と共に運転手に渡す。

 次は、彼の番だ。

 サクッサクッサクッ

 樹海の土を踏む音だけが響き渡る。
 すーっと息を吸い込めば、いつの間にかあの老婦人は見えなくなっていた。帰ってきた。そんな気がした。



 ーーそして、物語は巡る。


END

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