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薄曇りの下で〔じいちゃん家〕

今日も、清々しくない平和な1日だ。
俺の人生は、今日も変わらず薄曇りだ。

いつものように学校に行き、授業を受けて、下校している。 


が、今日は少し、いつもと違う。


「あ、今日俺もこっち。」

「あぁ、じいちゃん家か。」

「うん。」

いつもは別れる分かれ道で、大輝と同じ方向に曲がった。

「毎週大変だな。」

「いや、別に大変ではないよ。じいちゃん好きだし。」

毎週金曜日、母からの命で祖父の家に行っている。

「幸祐のじいちゃんしゃんとしてて元気そうだけど、実は病気あるとかで毎週行ってんの?」

「いや、そうゆうんじゃないんだけど、高齢者の一人暮らしだから、母さんが万が一を心配してんだよね。」

「あー、確かに一人だと心配よな。」

「うん、ポックリ逝っちゃって何日も気づかれないとかもあるらしいし。」 

「あー、そういうニュースたまに見るな。」

「うん。あーゆうの見るとちょっと心配になる。」

「やっぱそうなんだ。うちはどっちのじいちゃんばあちゃんも親の兄弟と同居してるからそういう心配したことないなぁ」

「誰かと住んでたら安心だよな。」

「だな………。つか、ちょっと待って、俺らめっちゃ中年チックな話してない?」

「確かに。17の会話じゃないな多分。」

「ちょっと、もっと若々しい話しよう。」

「若々しい話しってどんな?」

大輝が、人差し指の背であごをなぜる。
考え事をするときの大輝のクセだ。


「好きな子いる?」

「小学生か!」

素人にしてはなかなかのツッコミが決まったところで、大輝との分かれ道だ。

「じゃ、じいちゃんによろしく。」

「おう。じゃあな。」



大輝と別れて10分程度で、じいちゃん家に到着する。


(またぁ……)

玄関を開けて声をかける。

「じいちゃん、幸祐。」

「おう。」

茶の間からじいちゃんの返事が聞こえる。

茶の間に入ると、じいちゃんはいつもの場所で、いつものように、チェスの本を読んでいる。

ボケ防止にと、半年ほど前からチェスをやり始めたらしい。

なぜチェスなのか聞いたら、
“お洒落でかっこいいから”という中学生みたいな理由だった。


「じいちゃん、玄関鍵閉めなよ。物騒だから。」

年を取ると危機管理能力が下がるらしい。

「取られて困るもんないからなぁ。」

「命があるでしょ。」

「人生に悔いもないしなぁ。」

生きることへの執着は、もう少し持っていてほしい。

「どこの馬の骨とも分からん奴に、じいちゃんの命取られたら、俺や母さんに悔いが残るよ。」

「おー、うまいこと言うなぁ。」

「いや、うまいとかじゃなくて……」

「鍵な、閉める閉める。孫の人生に悔いを作るわけにいかんからなぁ。」

「頼むよ。」

本から目が離れていないので、
多分来週も、玄関の鍵は空いているだろう。


「どら焼き食べるか?」

差し出された箱には、俺の好きな風花堂のこし餡どら焼きが入っていた。

「食べる。」

「冷蔵庫にジュースもあるぞ。」

「ん。」

立ち上がり隣の台所に向かう。

「じいちゃんみかんのやつ。」

「みかんね。」

じいちゃん家の冷蔵庫は、高齢者の一人暮らしとは思えないほどジュースが豊富だ。

多分、俺が毎週来るからだろう。

(あ、新作サイダーある。)

そしてまたセンスがいい。


新作サイダーと、オレンジジュースを持って、
茶の間に戻る。

「はい。」

「ん、ありがとう。」

じいちゃんはすでにどら焼きをかじっていた。

じいちゃんの向かいに座り、俺もどら焼きに手を付ける。

「冷蔵庫のビールは見んかったことにしてくれ。」

「うん。」

じいちゃんは、酒好きだ。
でも、母から控えるように言われている。
体を気遣ってのことだろう。

俺もじいちゃんには長生きしてほしい。
でも好きなものを我慢してほしくもない。
だから、体の健康管理は母にまかせて、俺はじいちゃんの心の健康を守ることにしている。


それに俺は、じいちゃんとのかくしごとが、
ちょっと好きだ。


俺が2つ目のどら焼きをかじり始めた頃、
じいちゃんが聞いた。


「今日は何してた?」


じいちゃんは、会うと必ずこれを聞く。


「学校行って、授業受けて、大輝と喋りながら帰ってきて、じいちゃん家来て、じいちゃんと喋ってる。」

見事なまでに今日も何もなかった。
これぞ薄曇りの人生だ。


「良い日だったな。」


じいちゃんは、いつもこう言う。
何もない俺の人生は、金曜だけ、良い日になる。


「じいちゃんは?何してたの?」


「朝起きて、飯食って、散歩がてら買い物して、本読んどったら幸祐が来て、幸祐と喋っとる。」


じいちゃんも、俺に負けず劣らずの薄曇りだ。


でも、


「じいちゃんも良い日だったね。」


良い日にしてくれたお返しだ。


「あぁ、今日も幸せだったよ。」


じいちゃんはいつも、濁りのない優しい顔でこう言う。
きっと、本心なんだろう。


お互いがお互いの1日を良い日にしたあとは、
それぞれが好きなことをしている。

じいちゃんは、家の事をしたり、本を読んだり。俺は大抵、スマホでマンガを読んでいる。

たまにポツリポツリと会話はするけど、
3、4ラリーで終わるような内容がほとんどだ。




時計を見ると、18時をまわっていた。


「じいちゃん、そろそろ帰る。」


「おう。どら焼き持ってけ。」


箱に残ったどら焼きを2つ、ポケットに入れる。


ばあちゃんが生きてた頃は、必ず袋に入れて持たせてくた。

じいちゃんには、そういう気遣いはない。
まあ、俺も気にしないし。


そしていつもこのタイミングで気づく。
ばあちゃんの仏壇に挨拶してないことに……


「ばあちゃん、また来るね。」

仏壇に手を合わせて、玄関に向かう。


「気を付けてな。」

帰りはいつも玄関まで見送ってくれる。

「うん。鍵かけてよ。」

「ん。」


玄関に手をかけて、もう一つ思い出した。

「あ、そうだ。大輝がよろしくって。」

こういうときの“よろしく”が、この伝え方で合っているのかは疑問だが、他に伝える術もないのでいつもそのまま伝えている。

「おう。よろしく言っといてくれ。」

これも多分、そのまま大輝に伝える。


「うん。じゃあまた。」

玄関を出て、鍵がかかる音を確かめてから、歩き始める。



じいちゃん家からの帰り道は、
いつも少し、足取りが軽い気がする。

多分、取るに足らない俺の1日を、
じいちゃんが良い日にしてくれるからだ。



晴れ渡る空に、憧れはある。


でも、

自分の空をそれに変える度胸と根性が、
俺にはない。


だから多分、明日も俺の空は薄曇りだ。





でもきっと、


明日も良い日だ。


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