可能性

noteをやり始めて半年。

お題にそって文章を書くのが楽しいと思い始めていたそんな時に見つけたお題。

『あの選択をしたから』

(選択か……)

文章に起こせるような思い入れのある選択をしたことがなかった。
なんとなくとか、ラクな方とか、そんな情けない選択ばかりしてきた。
自分で決めることすら億劫で、人に言われるがまました選択すらある。

(このお題はムリかな……)

そう思いながら、画面をスクロールしていくと
コンテスト開催の背景の中の一文に手が止まった。


“人は、いつだって、可能性だらけです”

『可能性』
この言葉に何とも惹かれてしまった。


可能性なんて自分にはない。
そう思うことで希望からずっと逃げてきた。

本当は選びたい未来があった。
行きたい世界があった。なりたい自分がいた。
でも、そこへ向かう覚悟がなかった。

「どうせムリだし…」
この言葉で自分を、諦めきれないまま諦めた。


何者にもなれず、何処へも行けないまま、
ただただ時間だけを浪費した日々だった。

なんとなく、メッセージアプリ内のタイムラインに、自分に起こった出来事を投稿してみた事がある。
何人かの友人がおもしろいとコメントをくれた。

嬉しかった。

周りには隠しているけど承認欲求は強いほうだ。

それからたまに文章を書くようになった。

「noteやってみたら?多分向いてると思う」

勧めてくれたのは姉だった。

“やってみる”を選択して、姉に教わりながらアカウントを作ったのが半年前。
月に1つは何かを書いて投稿しようと決めて、
今のところ続いている。

自分の書いたものを見ず知らずの誰かが読んでくれる。
それだけで、世界が少し広がった気がした。


ネット音痴で、近しい人間にしか届かない、メッセージアプリ内のタイムラインへの投稿が精一杯だった自分が、あの時、何故“やってみる”を選択できたのか、少し不思議に思う。

そしてそんな自分が、
今ではインスタもXもやっている。

人生最大の変化かもしれない。


あの時“やってみる”を選択できたのは運命だったからだ!

なんて思う日が来たらいいのに……


今はまだ、そんな妄想をただ繰り広げているだけの情けな人間だ。



でも実は、
少しだけ、期待してしまっている。


自分にも可能性がある。


という可能性に。

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