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「話し方、変だし、なんで、ホクロもいっぱいあるの?」

皆さん、こんにちは。
忙しいあまり、前回から、3週間が経とうとしており、
投稿が遅くなりました。すみません。
今後も、度々、このようなことがあるかと思われます。ご了承ください。

 先週も慌ただしく、24日(水)は、
通勤電車の改札機を出た後、
「すみません」と女性が、大声でよんでおり、振り向くと、自分が通った改札機で、
何かを拾ってましたが、
それが、「まさか自分だ」という認識がなかったため、そのすぐあと、その女性が、
私の肩をそっと叩き、図書館のカードを渡してくれました。
私は、「ありがとうございます。」と一言いうと、相手の方は、「はい」と応対され、去って行かれましたが、この時、私自身、「通行人は、よく見ている」と思いました。「まさか、自分だ」とは思わず、後で、その女性が、私の肩をそっと叩き、渡してくれたので、「ありがとうございます。」と一言いうと、「はい」と聞こえ、「通行人は、よく見ている」と思いました。

毎回のことになりますが、今回も、2800字以上と長文であり、見直しは、しておりますが、見落としで、誤字脱字他があることがございます。申し訳ございません。


今回のタイトルは、小学5年の夏休み、
祖母と母、私、弟と妹は、
奈良県内で行われていた
一泊ニ日の団体旅行に参加した際、
同じバスできた初対面の女子小学生から、
発せられた発言だ。

私は、その時、

「この方の周りには、普段、話し方がおかしい人や黒子が一杯ある人は、いないんだな!?」

と思った。

 その数日後の土曜日、私以外の家族は、
農作業に出ていて、私は一人、留守番をしていた。
 そして、農作業組が、帰宅後、祖母は、
「あんたも、家おらんと、手伝いにきなよ!」と怒ってきたのだ。
 あまりに突然のことに戸惑い、私は、唖然とした。
 怒号を聞きつけ、台所に飛んできた父は、祖母から、詳細を聞き、私にこう告げた。
 

「この子は、アホや、アホなんや。向こ行っとり」

 そして、私は、別室へ移動した。
その後、母も台所へ行き、家族会議のようなことが行われていたようで、
 一瞬、台所横を通り、御手洗いに行こうとした時、祖母と母は、父に、奈良旅行のことを話していたのが、聞こえた。

その時の記憶は、ここまでだが、
私が、「何故、黒子が多くなったか?」ということの発端は、元々、肌が白いことにも、
関係あるのかは、分からないが、
あれは、その一年前、小学4年の夏休みのことだ。
 町内の小学4~6年を対象にした水泳大会があり、その日、その場所は、日照りが非常に強く、しかも、出場する種目も、私は、何故か、なかった。なので、テントも日陰もない、割り振られた場所で、半日、直射日光を浴びると予想外の出来事を経験したのだ。
 そして、翌日、地区の子供会で、日帰り旅行に行った時だ。
 目的地に着き、バスから降りる下級生の男子達は、私の横を通る時、「臭い」と言い放ち、降りていった。
 何故、「臭い」と言い放ったからというと、前日の水泳大会で、大量に、直射日光を浴び、私の両腕は、まるで、ゾンビと言い方で、恐縮ですが、すごいことになっていた。
 だから、下級生達は、それをみて、「臭い」と感じたのだろう!
 そこから、当時の写真を季節ごとにみるに、黒子が、増えていったと思われる。

これは、転機と呼べるのか?と疑問に思った時期は、中学一年の夏休みだった。

口腔外科で、嚢胞が見つかり、入院した時のこと。外来で、主治医の先生が、私の手に、タコができてないかなどを見ている時、手の平に、小さい穴のようなものがあるのを発見した後、そこに、研修医の方も加わり、
「基底細胞母斑症候群」と一言呟いた。


中央付近にある、小さな穴のようなものを見て、
病名をきく。

 その後、先生方に言われ、同じ病院内にある皮膚科に行き、改めて、診察してもらう。  そして、再度、「基底細胞母斑症候群」と告げ、先生から、注意点として、

  • 黒子が増えてくる恐れがあるので、直射日光を浴びないこと

  • 外に出るときは、帽子をかぶり、日焼け対策をして、日陰にいること

を挙げ、中学1年の夏から、今までではなく何故か中学卒業まで、その状況が、続いた。

 そんな中学時代、それまで、何の隔たりもなく外に出て、日陰にいることにも、限定されずに過ぎしていた日々に、慣れすぎており、注意点を怠った出来事(主に、外に出て、直射日光を浴びる)は、

  1. 中学1年の時、卒業式で、外に出て、卒業生を送り出す花道を作るとき、直射日光が当たるところにおり、それをみていていた同級生が、担任に報告。担任は、「日焼け止めをつけてると思うんだけどな。」と言っていたのが聞こえた。

  2. 中学2年か3年の時の昼休み、友達2人と外に出て、鬼ごっこかかくれんぼをしていた時、2階の職員室から、何人かの先生が、こちらをみており、後日、少人数授業だったか、中1と中3時、担任だった先生から、「こないだの昼休み、あの子達と一緒に、外で遊んでたけど、大丈夫だったか?」と尋ねられ、「うん」のような返事をした。

  3. 体育の選択授業、体育館でのバスケットボールを選ばず、外での種目を選び、見学していたので、体育の先生から、「あなた、外での種目選んでるんだって。なんで、バスケットボールに、しなかったの?」と怒られるというか注意を受けた時もあった。

この上記3項目でもある。
 
 先程ものべたが、中1と中3の時の担任は、中学2年の時、理科の実験でのレポートを提出するため、用紙を先生の机の上に伏せて置いたのだが、名前が書いてなかったらしく、後々、「みんな、同じ字似たような字ばかり書くけど、あなたの字は、特徴があり、すぐわかった。だから、提出物に○しといといたよ」と言われたこと。
 そして、また、ある時は、職員室に程近い階段で、弟から、「テレホンカード貸して」とせがまれた際、その横を偶然、その先生が通りすぎ、中学3年の春、口腔外科で、異常が見つかり、入院した際、先生がお見舞いにきて、「あの時、「テレホンカード貸して」と言ってたのが、弟さんっけ?」と話しかけられ、私は、「うん、うん」と言わんばかりに、頷いたこともあった。

 黒子の方では、右腕に、逆三角形で、黒子ができてたので、一つを皮膚科の外来で、採取して、良性か悪性かを調べた結果、
良性と判明。
 その黒子を採取した先生は、ルパン三世のルパンか次元に似ており、黒子を外来で、採取と自身の人生で、初めての経験だったにも、関わらず、私は、終始、その先生に、見とれていた。

ただ、その逆三角形の下に、今も、また黒子ができている状況だ。

 高校入学後、親が、健康調査票に、「直射日光や日陰など、配慮願います。」というお願いを記入していたため、春の遠足は、配慮してくれていた。同級生からも、一度、目の前に座り、顔の黒子の数を数えられたこともあった。
 でも、その後は、中学同様の対応はなく、自己管理のもと、中学1年の夏休み以前の生活に、戻っており、診断を受けた淡路島内の病院の皮膚科にも、中学以来、受診していないのだ。

今回も長文をお読みいただき、ありがとうございました。


 






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