キャンディ・キャンディ FINALSTORYの時系列を考える

今の時代の小中学生にこそ読んでほしい少女漫画ランキング、個人的第1位キャンディキャンディ。かくいう筆者も大学生です。
祖父母の家に置いてあったので幼い時に読んではいたのですが、キャンディの年齢を超えて改めて読んだ時、衝撃を受けました。
孤児院育ちという出自でありながら、卑屈になることも親を恨むこともなく、何事もポジティブに捉えるキャンディ。初恋のひとアンソニーとその後出会うテリィの描き分け。そして最後に明かされるいつも見守ってくれていた人、、、!まるで大河ドラマ!
しかし、辛い展開の多いこの漫画の中でも、当時のなかよし読者層に深いトラウマを残したであろうテリィとの別れ。
思い出しただけでメンタルに100のダメージを喰らいます。
そんな折インターネットを彷徨って発見したのが「『ファイナルストーリー』の中で、キャンディは愛する「あのひと」と暮らしている」といううわさ!
早速図書館で借りて読んだところ、「あのひと」はテリィで間違いない!と確信できました!
「あのひと」についての考察は、長きにわたってキャンディを応援してきた皆様がめちゃめちゃわかりやすくまとめていらっしゃるのでここでは省略します。
30代のキャンディはテリィと幸せに暮らしていることがわかりましたが、そうなるといつ頃2人は再会できたんだろうかと。それこそ皆様の考察を読んでいると、少なくとも10年は別離の期間があったのではないかという見解が多く、テリィ…好きでもないスザナとそんなに長く…(泣)とまた悲しくなっちゃいました。
そういうわけで(?)この記事ではキャンテリ再会までの最短ルートを考えつつ本編後の時系列を整理していきたいと思います。別離の期間が長いことに耐えられない脆弱メンタルの筆者による筆者のための超解釈ですので、温かい目で読んでくださると嬉しいです!

キャンディの年齢について

まず考えたいのは、ファイナルストーリーでのキャンディの年齢。この本は「30代になったキャンディの回想」という形になっていますが、具体的な年齢も気になるところです。キャンディは1899年5月生まれ&ファイナルストーリーは第二次世界大戦開戦前(下巻あとがき参照)という前提で考えていきたいと思います。

①「あのときから20年以上たった今でさえ」(上:P218)
落馬事故の前にアンソニーが語った言葉を思い出した現在のキャンディのモノローグです。落馬事故はキャンディが13歳の秋=1912年なので、1932年の秋以降ということになりますが、ファイナルストーリーの季節は早春なので、1933〜1939年の春であることが確定できます。

②「大きな戦争があった。世界情勢は今でも落ち着かない」(上:P233)
大きな戦争というのは第一次世界大戦のことでしょう。
落ち着かない・・・という文章を見る限り、日中開戦(1937年7月)までは進んでいない、、、気がしませんか、、、?個人的にはスペイン内戦もまだかと思います。
キャンディキャンディにおける戦争の描かれ方を考えると、もし1938,9年であれば、ポニー先生たちからの手紙やキャンディのモノローグでもう少し触れられている気がします(主観です)。

③当時3歳だったスージーが看護師になっている(下:P149)
カーソン一家とキャンディが出会ったのは1913年の冬です。当時スージーは3歳との記載があるので、1910年生まれとします。
①②を踏まえて1933〜37年と仮定すると、手紙を送ってきたスージーは23〜27歳ということになります。キャンディ自身15歳で看護師になっていますし、アルバートさんがアフリカで出会ったキャンディに似ている看護師も20歳でしたので、23歳でインド赴任でも特に違和感はありません(宝石箱の中でスージーの看護学校の成績表は一番上に置かれていたので、比較的最近卒業したものと考えられます)。27歳だと少し大人すぎのような。

④「あの金融恐慌においてもダメージを受けるどころか、さらに力を増している」(下:P198)
現在のキャンディによるラガン家の評価です。金融恐慌は1929年10月の出来事なので数年は経っているものと思われますが、「さらに力を増している」と進行形で表現されているのをみると、まだ世間が恐慌の影響下にあることが伺えます。

以上4つの点を踏まえて、私の中でファイナルストーリー時点でのキャンディは35歳ごろという結論に至りました。1933年と設定すると開戦まで6年以上あり、あとがきで先生が記されている「第二次世界大戦を目前にした頃のキャンディ」からは離れてしまうため、早くとも1934,5年ごろかなと思います。
現在のキャンディについて整理できたところで、本題に入っていきたいと思います。

本編終了後の時系列

これはなかなか特定しにくいです。特にテリィ関係のイベントは年代の手がかりになる情報が(おそらく意図的に)悉く省かれており、読み手に委ねられています。そのため一旦テリィ関連を除いた出来事のみ年表にしてみました。

マーチン先生への診療所新設のお願い
これは自信ないです!どこでもいける気が、、、、割と最初の方だとは思いここにしました。

「リゾート・イン・X」オープン記念パーティー
スチュアートやメアリへの手紙で終戦後と書かれています。またホイットマンさんへの手紙には「久しぶりに訪れたレイクウッド」(下:P)とあるので、同じくレイクウッドで開かれた「ステアを偲ぶ会」よりは前に開催されているとわかります。

アーチー大学院へ
アーチーはアンソニーと同い年=キャンディの2個上なので、1897年生まれとして、単純計算で院進学は1920年になります。

エルロイ大おばさまへの嘆願書
冬から春にかけた季節であることが描写されています(下:P260)。その後のステアへの手紙の中で「パティは今、教師を目指してはりきっている」(P266)とあり、まだ大学は卒業していなさそうです。そのため嘆願書は翌年の1921年の初春と考えるのが自然です。

婚約式
「あの頃はまだアンソニーには(手紙を)書けなかった」(下:P268)とあるので、後述のレイクウッド訪問よりは前です。本記事は最短ルートを採用しているので(切実)、式の決定と同年に行われたものとしています。秋くらいかな?

アルバートさんとレイクウッド訪問、アンソニーへの手紙
レイクウッドまでのドライブ中、キャンディが「ルピナスというよりブルーボンネット…」と花の名前を呟く描写があります(下:P318)。これは13歳のキャンディがラガン家へ向かうシーンとリンクしており、季節は春、おそらく5月であることがわかります。こちらも最短ルートで婚約式の翌年、1922年としました。

と、まあここまではなんとなくわかるのですよ。
問題はテリィ、お前だ

ハムレットへの抜擢はいつ?

キャンディからエレノアベーカーへの手紙には「ロックスタウンの街で声をかけていただいてから、もうずいぶん時が流れたのですね」(下:P271)とあります。
「ずいぶん」というと5年くらいかな?と最初は思ったのですが、おそらくそんなに経っていないです。思い返せばロバート・ハサウェイは無名のテリィを1年足らずでリア王のフランス王に起用していましたから、演技への情熱を取り戻したテリィのことも可能な限り早く復帰させたいと思ったのではないでしょうか。劇団を捨てた贖罪を含めても2,3年が妥当かと思います。エレノアベーカーからのチケットには「秋の公演」と記されていますので、ロックスタウンから2年半後の1918年の秋と仮定します。そしてこの初演は大成功を収め、ロングランに次ぐロングランの頃にイギリス公演が決定している=終戦後ということがわかるので、そこを考慮してもハマるかなと。
とするとキャンディがテリィに手紙を書いた(未投函なのが泣かせるよ〜)のは翌年、1919年ごろでしょう。
また、このハムレットに際して「テリュースの復帰を支えたスザナの愛!」という記事まで出たそうなので(💢)この頃はまだスザナは発病していなさそうです。

スザナの死はいつ?

「スザナ・マーロウの死亡記事を読んだのはもう何年も前のことになる」(下:P281)と表現されており、10年は経っていないようにも取れます。が、これは個人的には具体的な年数を表しているわけではないんじゃないかと(願望込みですが)。ずっと前の出来事なのに脳裏に焼きつくほどの衝撃を受けたことをこの文章は伝えたいのではないかと思います。
それに、何年も前=10年未満としてしまうと、微妙に時間軸が合わないんです。
たとえばスリムの絵は、あの人が蚤の市で数年前に買ってきたものです。「数年前」も10年未満を表す言葉ですね。そしてこの絵を見つけたことをポニー先生に手紙で報告していますすなわちこの時点(=数年前)ですでにイギリス在住というわけです。
キャンディとテリィが最初に再会するのはアメリカでしょう。そこから関係を再構築し、結婚(?)し、イギリスに引っ越すとなると(おそらくテリィは劇団移籍もしなければいけません)少なくとも1.2年はかかりそうです。
そもそもスザナが亡くなってからテリィの手紙が届くまで1年半が流れているので、スザナ死亡〜再会〜蚤の市〜現在で最短10年は経っていると見るのが自然ではないでしょうか。「数年前」が2年前とかなら話は別ですが、、、

先ほどの年表に戻りたいと思います。暫定1922年春ごろのアンソニーへの手紙には「会うことがかなわない運命があることも知った」(下:P327)とあり、この時点ではおそらくテリィからの手紙は届いていません。ストレートに考えれば、例えばこの直後にスザナが亡くなったとして、手紙が届くのは1年半後。どんなに早くても1923年から1924年にかけてということになります。。キャンディは24,5歳。。。テリィは26.7歳。。。やっぱり10年経ちますね!ここまで4000文字書いた意味!
しかし、筆者はこのレイクウッド訪問時にスザナが存命していたとは言い切れないと思います。ポイントはこの「数時間のレイクウッド滞在」でアルバートさんがキャンディに日記(キャンディ曰く「どんなにテリィを…か」が書いてある)を返したことです。正体発覚から約6年、タイミングは沢山あったはずですが、なぜこの時にこの場所でわざわざ返したのか…
アルバートさんは、テリィに対する今のキャンディの気持ちを見極めたかったのではないかと思います。それができたのはスザナが亡くなったから。スザナが存命のうちは2人はどう足掻いても会えないわけですから、わざわざ日記を返してキャンディにテリィを思い出させることはないんじゃないかなあと。
以下は全くの想像ですが。。。

スザナの死去から一年が経過。
アルバートサイド:
もしかしたらテリィがキャンディに連絡するのではないかと思っていたが、キャンディにそのような様子はない。
キャンディの気持ちを知りたかった。もしテリィへの気持ちがまだあるなら、2人がまた巡り会えるよう何らかの形で助けたい(ロックスタウンの時のように)
→キャンディに日記を渡した。

キャンディサイド:
テリィがスザナと暮らすうちに徐々に愛せるようになったと信じていた。だからスザナが亡くなって悲しんでいるだろうし、もう自分はとっくに思い出になっただろう。
キャンディ自身はテリィを忘れられずにいるが、テリィはきっと今はスザナのことを想っている。スザナがいてもいなくてももう会えない。
→日記は開かずに再びアルバートさんに託した(からの、アンソニーへ「生きていても会うことがかなわない運命があることも知ったのです」)。
アルバートもそれを受け入れ、2人がもう一度出会う運命なら自然とそうなるだろう、と見守ることにした。

T.Gからの手紙が届くのはそれから半年後-

とか!どうですか!?()
いや妄想ですよ!妄想ですけどね!
個人的にはこの案割と気に入ってます( ◠‿◠ )

というわけで、今度はテリィ関連も含めた年表を作ってみました。

ガビガビですみません

こうしてみるとハムレットからスザナ死亡の流れが早い気もしますが、、、(ハムレット終わってからすぐ介護というハードスケジュール)
本記事はあくまで最短ルートですので!それでもニューヨークの別れから8年経ってるけどね!
これなら23歳と25歳で再会できるよ!テリィも実質スザナと暮らしたのは5年くらいだし!まだまだ若い!やったね!(必死)

まとめ

いかがでしたでしょうか。
筆者の願望を書き綴っただけではありますが、2人の別離耐えられん!という同志の方にぜひ考察の一つとして楽しんでいただけたら嬉しいです。
また、本記事では再会前にフォーカスしましたが、2人の長い物語はここから始まるはずです。狂騒の20年代を2人がどう過ごしたのか、、、芸術分野も盛んになりましたから、きっとテリィは役者として引っ張りだこになっただろうし、仕事柄パーティーに行くこともあったかもしれませんね。そこに恋人もしくは妻であるキャンディを帯同して、、考えただけでワクワクしてくるぜ!
そんなところもまた記事にできたらなあと思います。
いやー改めて本当に2人が結ばれてよかった。こんな考察が書けるのも全て名木田先生のおかげですね。。。素晴らしい作品に出会えて幸せです。

ひとまず本記事はここまでにします!読んでくださりありがとうございました。


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