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「小説 雨と水玉(仮題)(9)」/美智子さんの近代 ”つまずきのはじまり”

(9)つまずきのはじまり

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佐藤啓一様

お便り、ありがとうございます。
こちらこそ先月のイベントは大変お世話になりありがとうございました。
皆さんと和気あいあいのお時間を持てて楽しい時間を過ごすことができました。
佐藤さんにはお忙しい中、いろいろと準備に当日の取り回しにと大変でしたね。
お疲れ様でした。

私もこれから学生生活最後の年になりますが、
まだまだいろんなことを勉強していきたいと思います。

佐藤さんには、忙しい時間が続いていらっしゃることでしょうが、身体に十分気を付けてお元気でお過ごしください。
またお会いできる日を楽しみにしております。

                     田中美智子
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返信は意外に早く一週間後に啓一に届いた。
早速開封して読んだが、このころから啓一は神経過敏症状を呈する自閉症スペクトラム症候群にかかってきていたのかもしれない。
もともと啓一は気に病んで内面へ沈潜するその種の気質があったが、女性とは特にコミュニケーションが下手で緊張しがちだった。
焦がれた人に手紙を出してはみたものの、自分のことを思ってもらえそうには思えず、返信の内容にも心が十分反応できなくなっていた。

自閉症スペクトラム症候群はアスペルガー症候群とも言われ、のちには広く知られるようになったが誰しも持っていて程度が強いとそうなるものだ。その頃は本人も周りも少し変わっているくらいに見られるだけで、中年以降になれば自然に解消するものがほとんどであり、本人にとっては当時その頃の方が悩みが深かったかもしれない。

美智子は手紙をもらい返信したことで安堵していた。
何かが繋がったように思えた。
妹のたか子が、
「お姉ちゃん、なんかにやけてるよ、デートの約束したの?」
と茶化しても涼しい顔でやり過ごした。

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