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「三十五年越し エピローグ15」/三十三年前の今日10月13日朝、阪急曽根駅で再会したとき、彼女が心の中で言った言葉

三十三年前の今日、平成元(1989)年10月13日(金)の朝、本編4で記した通り、美智子さんと2年半ぶりの偶然の再会があった。

あの一回きりの大阪梅田の高層の喫茶でのデートから二年半が経っていた。

私はデートのとき相当な神経過敏症になっていて、彼女に好きな人がいそうだと勘違いし、とてものこと私には彼女の心を自分に向けさせることなどできそうになく、彼女を仕合せにする方法さえ思いつかない無力感の中に入り込んでしまった。なんのなすべきすべもなくただ彼女の仕合せを祈ることしかできなかった。
そしてそれから二年半の時間をかけてようやく彼女のことを諦める心の状態となっていた。

ちょうどそのころ結婚した親友の新居の社宅が阪急曽根駅近くにあり、阪大で有った学会に参加するため、前の晩から宿泊させてもらっていた。その翌朝のことである。

良く晴れた秋の日の朝、ゆったりとした気持ちで学会のことなどを瞑想していたとき、ちょうど同じ下りのホームに美智子さんが現れた。ビジネスカジュアル姿は就職して勤めに出ていることをうかがわせた。
本編で記したように、そのとき一瞬彼女の目にネガティブな表情が浮かんだのを私の目が捉えてしまった。
私はその時、ああ、二年半前もう少しまともに楽しく別れていればこんな表情をされずに済んだのに、しょうがないか、あるいは当時はそういう言葉はなかったが「ストーカー」と思われたかなという思いも一瞬頭をよぎった。

しかし、彼女が作った一瞬の表情はそういうことではなかった。
あのデートの時、水玉のワンピースにデートの一年前の私との思い出の「雨」を表現してまでその場に来た彼女の決意。
それを全く分からず無視さえしたような恰好の私に対して、彼女が一瞬示したネガティブな表情はそういうことではなかった。

彼女は一瞬示した表情とともに心の中で言ったのは、
「あのとき、なんでわかってくれなかったんですか!!、??」
という言葉だった。

女性の気持ちがわからない男というのは、私のようなものを言うのだろう。
生涯で最も恋焦がれた女性に対して、自身の欠落を最も重要な局面で露出してしまった。


10月13日(金)だとわかるのは、私が仕事で関わっていた学会の開催日からわかるのと、翌日の10月14日(土)が近鉄バッファローズの9年ぶりのリーグ優勝の日であったのを覚えているからなのだが、自分の大間抜けさを覚えておくためにもこの日を特定しないでおくわけにいかないのだろう、と思っている。


三十三年後の10月13日の今日は、全国的に「雨」だった。


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