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「小説 雨と水玉(仮題)(38)」/美智子さんの近代 ”転勤の可能性その1”

(38)転勤の可能性その1

日曜日の朝、例によってたか子が来て、
「昨日は少し遅かったやん、何してたん?
まあ、もう彼氏を東京へ返すの惜しいかな(笑)。
それで仕事の話は少しはわかったの?」
「うん、大学の先生とこに行って、
まずは今のところで東京に転勤する可能性を考えた方がいいって、
そやから今週先輩に訊いてみよかなって思ってる」
「なるほど、だんだん具体的になってきてるねえ」
「ただ、そんなに簡単ではないかもしれない」
「そやなあ、そうやろなあ。
もちろん、お姉ちゃんが仕事をしたいっていうのはわかるけど、
彼氏と仕事をどっちが大事かっていうたら、彼氏やのやろ、
そしたらどっちにしてももう結論は決まってるんちゃうの?」
「そう言うたらそうなんやけど、
仕事を続けたいっていうのはもちろんとってもあるんやけど、
これからの時代、何があるかわからへん、
そしたらわたしが仕事できてるんとそやないのとでは、
生活を考えたら違うって思うねん。
それもあるから真剣に考えなあかんと思てる」
「なるほどなあ、お姉ちゃん、しっかりしてるなあ、さすがやわ」

その夜、啓一からの電話で、
「わたし、やっぱり来週早々にでも先輩に相談してみようと思うんです。
ベテランの先輩で、その先輩やったら内密にって言ったら味方になってくれるんやないかと思うんで」
「うん、それがいいと思う。
美智子さん、ちょっと大変かもしれんけど、
なんかあったら夜電話してくださいね。僕はいつでも待ってるんで」
「ありがとうございます、もしなんかあったらすぐ電話します。」

その週の火曜日はベテランの先輩の英子とK大学のT先生のところに一緒に行くことになっていた。
仕事の上で見習うべき先輩と思い、信頼できる人と思っていた英子なので思い切って言ってみようと思った。
夕方になるので会社に戻らなくて良かったので、少し時間を貰えないかと頼んでみた。
「いいわよ、そしたらいつも別れることになる阪急淡路駅で喫茶店でも入りましょうか」
「ええ、お願いします。お時間取らせてすみません。」
淡路駅の改札を出るとすぐ喫茶店が有ったのでそこに入ってブレンドコーヒーを二つ注文した。
「あの、内密でお願いできればと思うんですけど」
「ええ、いいわよ」
「すみません、たびたび。
あの、わたし今、結婚を考えてまして、まだ少し先だと思うんですけど」
「うん、それはおめでたいやないの」
「はい、ありがとうございます。
ただ、相手が東京の人ですねん、そうすると東京で暮らすことになるんですけど、
率直に言わせてもらって申し訳ないんですけど、
うちの会社、こういう場合、
東京に転勤とかできる可能性はあるんでしょうか?」
「なるほど、そうかあ、そういうことか。」
「あの、わたし、今の仕事はとてもやりがいがあって出来る限り続けたいと思ってて。
出来ることならこの会社で経験積みたいなあと思てるんです。
英子さんのような仕事の出来る女性になりたいってほんとに思てて」
「うん、田中さんのそういう姿勢は私も日頃から感じてるし、すごくいいことやと思てる。
せやけど、どうやろ、私にも今、確かなことは言われへんけど、
これまでに東京に転勤した女性はいました、それはあることです。
ただ事情は記憶になくて。
そうなるといずれにしても田中さんと一緒に仕事できなくなるけど、
わたしとしては残念やなあ」
「すみません、そうなるんやと思います。」
「まあ、それは田中さんの仕合せやから、
しゃあないか、、、」
「ありがとうございます」
「まあ、これまで短いけど一緒に仕事した仲やから、協力するわ、
わかった、
以前の事情を少し当たってみるわ。規則なんかにも当たってみるわね。」
「ありがとうございます、ほんまに感謝です。」

水曜日に美智子から啓一に電話し、ことのあらましを伝えた。
「僕のために苦労してるみたいで、
ありがとう」
「いえ、これは私のためなので」
「いや、僕との結婚のためにほんとに真剣に考えてくれて嬉しい、ありがとう」
「こちらこそです。わたしのために毎週大阪に来てもらってるし、このくらいのことは当たり前です」
「ありがとう」

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