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「小説 雨と水玉(仮題)(62)」/美智子さんの近代 ”水玉”

(62)水玉

「えっ?僕なんか変なこと言った?」
と美智子をみると手で顔を隠して伏せながら、首を振り振りして違うと言ってるらしかった。

しばらくして、美智子は向き直り、潤みをおびたキラキラした目を啓一に向けた。
啓一はハッとしたけれどその両の目を見つめていると、
「あのね、今日新大阪で会った時、言うてくれたでしょ、水玉のこと」
「うん」
「三年前にね、着て行った水玉のワンピースをね、仕立て直してスカートにして、いま着てるの」
「えっ!それはほんま?」
「うん」
「あちゃあー、また気付かへんかったあ。
ごめん。」
「そうやないの。今日はね、去年の十月にお付き合いを始めてからではなくて、
三年前からの時間を繋ぎたいなって、思ってね」
啓一は目の前に美智子のワンピース姿がまざまざと蘇って見えた。
「このところすごく忙しくてバタバタしてたでしょ、そやから今日くらいは」
「そやね、三年前から今日までの時間、とっても素敵な時間だった。
その前の三年も僕にとっては貴重な時間だった。
美智子さんにはもう感謝しかないんだよ、ありがと」
「またそんなこと言う、もうあかんわ。
わたしね、そんないい子じゃないの。
三年前に着た水玉のワンピースが見るのも嫌でね。
それで二年前にスカートに仕立て直して。
それでもね。
着ること出来なくて、
今日初めて着たぐらいやの。
いやな女でしょ?
こんなこと言うつもりなかったやんけど、
啓一さんが、、、、」
啓一は、とつとつと言う美智子がただ愛おしくて何を言っていいかわからなかった。
繫いだ手ともう片方の手も取って握りしめ、まっすぐに美智子を見つめた。
潤みを帯びて透きとおった美智子の目をどれくらい見つめていただろう。
昼間の中の島公園だったので少し躊躇したが啓一はベンチから美智子と一緒に立ち上がりその場で強く抱きしめた。
「水玉、着て来てくれてありがとう。
もう悲しい思いは二度とさせないから」
「うん」
「いやな女とか、もう考えたり、言ったりしないようにするんだよ。」
「うん」
啓一は口元に寄り添う美智子の目にたまるしずくにくちづけした。

四時を回り、二人は少し傾いてきた日を浴びながら御堂筋を南に向かって歩いた。
啓一が、
「あのね、水玉のワンピースのことだけど、
これから茶化すネタにしてくれないかな」
「えっ?」
「もうね、三年前にね、あんな大事なこと、
美智子さんが僕との思い出を込めてはじめてのデートに水玉を着て来てくれたのに、
その場で気付かへんなんて、アホでしょ。
こうやって美智子さんと結婚するようになれたからいいようなもんの、
もうほんまにドアホでしょ、
真剣に考えたら、ぼく、身悶えして、悶え死んでしまうからね、
これからは徹底的にね、
茶化してほしい。
これは、ほんまに頼む、お願いします。」
美智子はもういつもの快活さに戻って、啓一の顔を覗き込むように悪戯っぽく微笑んだ。
「わかりました。
わたしこれから、この件に関しては啓一さんのこと勘弁せえへんからね、覚悟しといてね、ふ、ふ、ふ(笑)」
「はい、承知しました。は、は、は‘(笑)
でもあんまり攻められたら水玉のワンピース姿をもう一度見てみたいって、言うことにする(笑)」
美智子は一瞬こちらを向いて、ほほをぷっと膨らませて睨んだあと、
「ふ、ふ、ふ」
と笑った。


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