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「小説 雨と水玉(仮題)(73)」/美智子さんの近代 ”東京出張と晩御飯”

(73)東京出張と晩御飯

カラオケから帰った晩はお風呂に入ると二人とも疲れていたのか、すぐに寝入ってしまった。ぐっすり寝て美智子が目が覚めたのは7時をだいぶ回っていた。
「啓一さん、起きてる?」
「、、、」
「そっちに行くよ」
美智子がベッドから降りて寝床に寄り添ってきたので啓一は気が付いた。人恋しくなったのか、いつもより密着してきて柔かく暖かい身体が心地良かったので、低血圧の啓一も少しづつ目が覚めて来ていた。
「目え覚めた?」
「うん?」
「ありがとう」
「うん、なにが?」
「昨日、カラオケに行ってくれて、ありがとう」
「ああ、それか。美智子さんがお父さんに冷たいからまずいなと思ってね。
お母さんも楽しそうだったので良かった」
「うん、お母さん、啓一さんが一緒に唄ってくれてとっても嬉しかったって言うてた」

その日はゆっくり朝ご飯を頂いて、昼前に実家を出て旅行代理店はしごしてアメリカツアーの情報を見にいった。
目ぼしいパンフレットを手に入れてランチをしながら相談したが、二、三候補が見つかったが、九月の旅行なら大阪発ではなく東京成田発である必要があるので結局東京に行った時探す必要がありそうだった。

その週の火曜日の夜、美智子から電話があり、
「もしもし、啓一さん?」
「はい、啓一です。美智子さん?」
「うん、あのね、今週金曜日東京出張になったの。」
「そうなの」
「だから、週末はそのままそっちで過ごしたらいいかな、と思って」
「うん、ぼくの方は問題ないよ。
それと土曜日の午前中に美智子さんがお母さんと見立てた箪笥の搬入の予定になってるから、その確認もできるかな」
「うん、わかってる。そしたら金曜日は、わたし、仕事を終わったらお家に行ってるようにしよか?」
「うん、ぼく金曜日は、残業があるので早くに切り上げられないけどええかな?」
「そしたら、ご飯作って待ってればいい?」
「それは有難いけど、九時過ぎとかになるかもしれないけどええかな?」
「大丈夫、待ってるから。帰れる時間がわかったら電話するようにしてくれるといいんやけど、電話できる?」
「うん、金曜日は帰る前に電話するようにする」

美智子はその火曜日、上司から転勤後の業務について説明を東京渋谷店で打ち合わせし実地確認するように言われた。金曜日の午前十時過ぎに入り午後三時過ぎまでの予定だった。

金曜日美智子は朝6時半に新大阪発のひかり号に乗って渋谷店に着いたのが十時少し前だった。午前中資料での説明を受け、大阪店と同様の仕事と新しい仕事についてあらましを理解することができた。午後は、まだ飾りつけや内装が完成していなかったが、店内の事務室と売り場を案内され、再度資料による仕事の確認を取った。また、同時に来ていた同僚となる由美子ともコミュニケーションはうまく取れそうだった。
美智子の理解がしっかりいること、コミュニケーションをそつなく取れそうなことで、説明してくれた上司となる荒川さんも安心したようだった。外回りの仕事についても取引先など丁寧に資料には書いてあり、美智子にも当座の仕事のイメージを持つことができた。
美智子はこの際だと思い、最後にちょっと相談があるのだがと、荒川に個別に時間を取ってもらい、結婚休暇の件について九月に一週間で取らせてもらえないかと言ってみた。
荒川は、大阪の上司からも聞いている、九月であれば大丈夫と思う、六月中に日程を決めて教えてくれ、ということで理解があったのでほっとした。
仕事は三時には終わり、大阪から来ているので帰ってくださいと言われたので、そのまま東急に乗って鷺沼駅近の新居に向かった。

駅前のスーパーで今晩の食材を買い、家のドアを開けたのが四時半だった。スーツから部屋着に着替えて夜遅いと言っていた啓一との晩御飯の支度をゆっくりしたが、あとは帰って来てからというところまでやって時計を見たら六時半だった。一人で寂しいのと手持無沙汰からテレビをつけて明日来る箪笥一式を想定して片付けを始めた。かなり待ったような気がしたがしばらくしていると八時ごろ電話が鳴り、啓一は九時過ぎには帰宅するということだった。

九時になろうとするところでチャイムがなり、啓一がやっと帰ってきた。
「ただいま、お待たせしちゃったかな?」
「お帰り、待ってたけど長かった」
啓一が中に入るなり美智子が身体を寄せてきた。淡い肌色のブラウスに白地に花柄のロングスカートがいつもの美智子の美しさを現わしていて愛おしかった。健康的で豊かな胸が啓一に押し付けられ腰を抱くと柔かくぴったり寄り添ってきたので、啓一は薄紅のルージュが塗られた綺麗な唇を勢い良く吸った。

晩御飯は、手の込んだものではなかったが、バランスを十分考えた配慮を感じる献立てで、鰆のムニエル、かつお節を散らしたほうれん草のお浸し、豆腐とわかめの味噌汁、生野菜のサラダ、キュウリと大根のお新香、それにビールのあてのチーズの盛り合わせだった。
「このお新香とチーズはお母さんがもっていきなさいって包んでくれたものなんやけど、ビールに会うかと思う」
「さすが、お母さん。それじゃあ、乾杯しようか」
「うん、乾杯!」

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