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「小説 雨と水玉(仮題)(77)」/美智子さんの近代 ”相合傘その二”

(77)相合傘その二

『寅次郎相合傘』鑑賞後の、ああでもこうでもあるということを父親と啓一がまだ飲みながら話していたが、母親と美智子は台所で食器やグラスの片づけを始めた。そこへたか子が来て、
「お姉ちゃん、啓一さん、ほんまに変な人やなあ、お父さんもお父さんやけど。それにおかしいのはお姉ちゃんまで寅さん観ながら一緒に目を赤くして。
移ってしもたんやろか変なところ?なあ、お母さん。」
「あんたにもいずれわかるやろ、なあ、お母さん」
「そうやなあ、たか子にもいずれわかるやろな」
「そうかなあ?なんやお母さんもそっちのほうなんや、、、、、」

翌日日曜は朝から梅雨にもかかわらず良く晴れていた。来週土曜の式の前日の金曜日に美智子の荷物を搬出することになっていたので、啓一は美智子の荷物の整理を手伝った。女性の生活用品一色なのでそれなりに多く昼食をはさんで三時ごろまでかかって大方の整理がついた。両親はそれを見て笑顔は絶やさなかったがやはり一抹の寂しさは感じていることが啓一にも伝わってきた。

午後四時過ぎには、啓一を見送るため二人は実家を出た。美智子が穿いていたスカートは例のワンピースを仕立て直した白地に黒の水玉のスカートだった。
「美智子さん、さっき着替えてきたの?そのスカート?」
「うん、独身最後の日のデートやから、これにした。雨が降ってればこれで相合傘でいきたかったけど晴れてて残念」
見送りの両親が手を振っていてまだ見ていたが啓一は遠慮なく手を握った。そして両親に向かって改めて手を振った。

新大阪の列車の時間は六時半だったので、夕食は新幹線の中で食べるように美智子がサンドイッチとおにぎりを作ってくれていた。これから貯金をしなければという気持ちもあったのだろうが諸事不精な啓一には有難かった。
梅田で潰すほどの時間が無かったので、二人にとってはこれまでいろいろなことがあった新幹線のホームの端で座って列車を待つことにしていた。
「今週は僕の方は金曜日に両親と弟を連れてホテルに入るけど、美智子さんは今週は金曜日だけ休むの?」
「うん、月曜も休みにして7月の一日の火曜から東京出勤やから、他は休まないことにしてる」
「もう一日くらい休めると両親とゆっくり過ごす時間もあるのに」
「うん、そうやねんけど、お父さんも平日は仕事あるし、金曜日は休むって言ってるし」
「そうか、それやったらできるだけ木曜までも仕事は定時で切り上げて早く帰ってくるようにした方がいいよ」
「うん、わかってる、ありがとう」
そんなことを話しながら、最後の新大阪での別れの時間を過ごした。

啓一を午後六時半に見送り、梅田経由で帰る途中、大阪駅に着く寸前に空の色が暗くグレーに染まってきた。美智子はスカートのことを気にしていたせいか、傘を持ってくるのを失念していた。阪急の梅田駅に乗り換えるときは雨がかなり降っていたので、曽根駅まで傘を持ってきてくれるよう家に出話して頼んで、阪急電車に乗り込んだ。
十三、三国、庄内、服部と雨は降り続けていた。曽根についてみたけれど、どしゃ降りとはまではいかないがしとしとと雨が滴っていた。
改札を目指して歩いていった。自動改札を抜けて左を見るとお父さんが一人で待っていた。駆け寄ると、
「美智子、今日は傘は一本や、嫁に行く前にお父さんと相合傘もええやろ」
「うん、腕組んであげるわ、お父さん」
「啓一君には悪いけど、これも親孝行や」

父と娘の相合傘は、街の灯がなくなっていく道すがらを少しづつ家へと向かっていった。

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