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「小説 雨と水玉(仮題)(19)」/美智子さんの近代 ”T先生”

(19)T先生

夏の暑い日、美智子は忙しかった仕事を終え、阪急電車に乗ると疲れていたので、
「ふうー」
と言って座り込んだ。
その後からT先生が偶然その車両に乗り込んできた。美智子が、
「先生、どうもお疲れ様です。」
と挨拶すると、
「あんたは疲れてるかもしれんけど、わしは疲れてへんがな」
「あ、すみません、今日は忙しかったもので」
「まあええわ、どや、A書店の仕事は慣れてきたか?
英ちゃんから聞いてるけど、抜けてるとこもあるけど頑張ってるらしいな。」
先輩の英子のことを英ちゃんと親し気に呼んでいるらしい。
「はい、ありがとうございます。」
「ま、忙しいらしいけど忙しいだけで終わらんようにしなさいよ。
書店の一級の店員いうのんはな、読書通でなかったらあかん。
あんたも高坂さんのとこで鍛えられたんやろうから、忙しゅうても集中した読書経験を大事にするんやで。
そしてそれを続けることや、五年、十年と続けていくと何かが見えてくるさかいに。
わかったか?」
「はい、ありがとうございます。」
「せいぜい気張りなはれや」
美智子はまた背中を押してもらえたような気がした。
こんなこともあるんやわ、えらい先生にこんなに気にしてもらえて。
そんなことが美智子は嬉しかった。
「ところで、あんたに僕は期待してるから言うとくけど、
気イ悪うせんといてな。
女性は男性によってとても影響を受ける。
これはわしがそういうコを何人も見てきたから言うんやで。
あんたが軽い男と付き合うとは思わんけども、
あんまりイカした男には入れ込んだらあかんで。
どっちか言うたら、絶対に不器用な方やで。
不器用やけども誠実な男を捕まえなさいよ、
仕事にこだわりもって取り組んでてちょっとくらい変わってるくらいがよろしい、発展途上やけど望みを持ってるということや。
女の前で上手にしゃべられへんようなのがちょうどいいくらいや。
そういうのをようく見極めるんやで。
わかったか?
じいさんからのアドバイスや。」
「はい、わかりました。
ありがとうございます。」

美智子は、しっかりしないと、と思い直した。
確かに啓一は不器用だった。服装などもいつもぞんざいで気にしないようだった。
そして先輩後輩に信頼されていた。
でもなぜ?なんで?あのあとわたしに何も言ってくれはらへんのやろ?
またいつか逢えるんやろか?

日曜の午後、たか子が、
「お姉ちゃん、なんか勉強かなんか知らんけど、最近外出せえへんねえ?
デートもしないで、年頃の娘がそんなんでええの?」
「あんたが付き合ってって、言うなら出かけてもええよ。」
「そういうこというてんのと違うやん。
ラブレターもらった先輩とはあれっきりそうやし、その後も好きな人出来た形跡無いし、
大丈夫なん?」
「今はこうやって勉強する時なの。心配せんといて。」
「あ!わかった。まだ過去にこだわってるんや。」
「うるさいなあ、もうあっち行って」
「ほーら、図星や。そんなんやったら自分から連絡とったらいいのに。
ぐずぐずしててもどうもならんでしょ。」


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