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「小説 雨と水玉(仮題)(12)」/美智子さんの近代 ”デートとその失敗”

(12)デートとその失敗

昭和五十八年四月の土曜日、その日大阪は良く晴れていた。気温は決して高くはなかったが、朝方を過ぎるとお日様のせいか、ほの暖かかく心地よくなってきた。

美智子は、身支度を整えながら少し緊張して来ていた。
「はいるよお。
お姉ちゃん、メイクは可愛めよ、わかってる?
どれどれ。ああ、いい感じやわ、それそれ、可愛いく出来てるよ。」
「うん、ちょっと緊張してきてんねん。落ち着かなあかんねえ。」
「そうよ、でもまあ、少しくらい緊張しとった方がええかもな。お姉ちゃんはリラックスしすぎるとボロでるから。
ちょっと立ってみて、服の具合見たげるから」
美智子が化粧台から立ち上がると、
「うーん、なかなかいい!めっちゃ可愛いやん。
彼氏いちころやな。」
「ほんまにいい?」
「うん、ばっちり!」
「ああ、よかったあ。でも通じるかなあ?通じて逆に変に思われることないかなあ?
頑張り過ぎてないかなあ?
あ、また緊張してきた」
「もうここまで来たら、そんなこと考えてもしょうがないよ。
落ち着いて行っておいでえな」
「そやね、そうやわ。そうしよ」
「まあ、ここまでやってあかんかったら、自分の行いが悪かったと言うことでしょ。その場合は、そう思って潔く諦めることやね」
「始まる前からそんなこと言わんといて」

美智子は待合せの13時ちょうどになるように電車の時間を合わせて阪急曽根駅を発った。
少し緊張していて梅田までの時間がいつもより長く感じた。
梅田に着いて電車を降りると小さく深呼吸をした。
階段を降りて紀伊国屋書店前に向かっていると啓一の姿が見えたので、時計を見るとちょうど13時だった。ああ、よかった、1時ちょうどで、と小さな声でつぶやいた。

「こんにちは、今日はありがとう」
「こちらこそ」
「大丸の上のお店とかでいいですか?」
「はい」

その頃できた高層ビルの13階の喫茶店に入り、向かい合わせて座った。
二、三言、言い交わした後は啓一も緊張しているのか、無言で歩いてきた。
「あのお、田中さんは大阪出身なんですか?」
「はい、生まれも大阪なんです。」
「そうなんだ。
あのお、兄弟はいるんですか?」
「ええ、妹が一人。
あのお、佐藤さんは?」
「あ、僕は弟が一人、東京というか、神奈川に両親と弟がいます。」
「へえ、そうなんですか。」
ともに緊張が解けず、とつとつと会話が進んだり、止まったりしながら時間が過ぎていった。
「あのお、四年生になって、何か変わりました?」
「ええ、ゼミがすごく宿題が多くて。私、文学部なんですけど、文学ってよくわからないんですよ」
「へえ、そうなの」
話が盛り上がらない。
「あの、サークルのときの、Yさんって覚えています?」
「うん」
「彼なんだか、このあいだ可笑しかったんですよ、合宿の打ち上げのとき、急に踊り出しちゃって、みんな転げまわって笑ってしまうほどだったんですよ。面白い人ですよねえ、Yさん」
「ふーん」
「あと、Kさん、あの人もおかしいんですよ、忘年会の時なんか、みんなとひとりひとり掛け合い漫才みたいなことして、ほんまおかしかったですよ」
「そうなんだ」
そのあたりから、空気が変わってきたのを美智子は敏感に感じ出していた。
啓一は、男性の名前が出るたびに、神経過敏症状が高じていった。心臓が押さえつけられるようにみじめになっていく自分を感じていた。あとで考えれば典型的なアスペルガー症候群症状だった。
美智子には何かわからなかったが自分の方も急に緊張が走っていくようで。話が続かなくなっていった。
どのくらいの沈黙があったのだろう、長かったかもしれないし、短かったかもしれない。喫茶店に入ってから都合で1時間半くらいは経っていただろうか。
美智子も気が動転しだして、
最後に阪急梅田駅で啓一から「今日はありがとう」と言われたことは覚えているが、電車にいつ乗ったか、も覚えていなかった。

美智子は訳が分からないまま家路につき、気が付けば家に着いていた。
たか子がいつものハイトーンの声で、
「お姉ちゃん、なんでえ?めちゃくちゃ早いやん、どうしたん?」
それに応えられず黙って自分の部屋へ急いだ。


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