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「小説 雨と水玉(仮題)(37)」/美智子さんの近代 ”梅田の高層のレストランふたたび”

(37)梅田の高層のレストランふたたび

午後四時過ぎに美智子は啓一の待っている喫茶店に戻ってきた。
「お疲れ様」
「いえ、お待たせしちゃってすみません。」
「どうだったの?」
「ええ。
先生から今の書店で異動することをまず第一に調べてみた方がいいって言われました。」
「うん」
「先輩に相談してみようと思います。」
「うん、美智子さんがいいと思うようにやってみたらいいと思う。希望して入社したわけだし、今やりがいがあるところで続けられれば確かに一番だと僕も思う。」
「はい、状況によっては先生がまた相談に乗ってくれるって言ってくれたんで良かったです。応援してくれるって感じでした。A書店の方が難しい場合でも東京での勤め先探しも協力して呉れそうでした。」
「それは良かった。いい先生やねエ、良かった。」
「あの、それから、相手のこと聞かせなさいって言われたんで、啓一さんのこと言いました。
わたしがK大のT先生に言われたアドバイスの通りの人ですって言ったら、ものすごく気に入ってくれました、ふ、ふ、ふ(笑)」
「えっ、それって、ちょっと変わってて不器用な人っていうやつ?」
「ええ、その通りです。ふ、ふ、ふ(笑)」
「は、は、は(笑)、
全くその通りやから笑うしかないなあ」
「でもわたし、そこは誠実ですってちゃんと付け加えておきましたよ」

それから梅田に戻り夕食をとることにして、西宮北口から阪急神戸線で大阪梅田に向かった。
「どこで夕飯たべましょうか?」
「二年半前に行った大丸の上の十三階のお店で夜景でも見ながら、少しゆっくりするのはどう?」
「ええ、それもいいですね。
ふ、ふ、ふ(笑)、でもちゃんとお話しだけはしてくださいね。」
「いや、はい、もうそれだけは必ず、本当にごめんなさい。」
「そういうところ、好きです、ふ、ふ、ふ(笑)」
と言って、美智子はいつかもしたように悪戯っぽく顔を覗き込んでにこっとした。

その店は17時からレストランに衣替えするが、
少し時間が早かったせいか、窓際の並んで座れる席が空いていた。
「空いててよかったあ」
「ほんまに、ここやったらよく外が見えますね」
「うん、
やっぱりこうやって美智子さんとは並んで座るのがいいなあ、
対面してすわると緊張するんだよ、
あのときはホントに緊張しっぱなしだったから」
「わたしも緊張してましたよ、
わたしら二人とも緊張しイなんでしょうね(笑)」
「そうそう、そうかもしれない(笑)」
オーダーが運ばれ、外を見て食べながら、
「あの、わたし、早速来週先輩にいろいろと訊いてみようかと思います。」
「うん、
あの、僕はもう美智子さんとのことは覚悟を決めたんでどんなことがあっても美智子さんを守りますけど、
信頼できる先輩に訊くことになるだろうと思うけど会社のことだから人に話すと美智子さんの知らないところに話が巡っていくという可能性も出て来るから、時間を掛けて慎重に探ってもらっていいですから。
慌てずに進めましょう。
変な話の巡り方をして美智子さんの選択肢を狭めても詰まらないから」
「ありがとうございます。そうですね、慎重にやります。」
「うん、大学の先生は信用できるけど、会社はいろんな人いるから」
「はい、わかりました、そうですね。改めて気を付けるようにします。」
「仕事のことは時間を掛けていいと思う。
まあ、美智子さんのことだからうまくやるんだろうけどね(笑)」

「美智子さん、ここまで一緒に駆け足で走ってきたような感じもするけど、
大丈夫かなあ?」
「?」
「なんか僕は夢のような感じもして夢だったら覚めないでくれって(笑)、
美智子さんと走ってると元気になってくるんでこれからもずっと一緒にいてください。」
「はい、もちろんです。」
「ありがとう。
あの、これからのことを話していい?」
「ええ」
「まずは美智子さんの仕事のことだけど、それが見えてきたら、結婚に向けて進めていきたいと思う。どうかな?」
「はい、わたしももう覚悟は決めてます。
それから両親に会っていただくことも」
「うん、それはしなくちゃと思う。そうしないとこれから美智子さんに東京に来てもらうこともあるし。そうだね、仕事のことがわかってきたら、ご両親に会わせてください。」
「はい、お願いします。」

その夜は新大阪駅二十五番ホームの端のベンチで二人でしばらく過ごした。八時半発のひかり号が入線し、いつものようにお互いの気持ちを確かめ、それぞれの家路についた。

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