2023年5月の記事一覧
「少子化財源議論、丸山島根県知事も経団連十倉『会長の言を聞いていたら国が滅びる、世も末だ』と批判。まさに我が意を得たりです。また本日、高橋洋一さんが長期国債によるべしと正論」
一昨日5/24の本ブログでの経団連十倉会長批判 少子化対策の財源の議論について、先般経団連十倉会長へ徹底した批判をさせていただきました。 昨日5/25の丸山島根県知事の経団連十倉会長への痛烈な批判 この十倉会長の、少子化対策の財源を消費税にせよ、という主張について、昨日5/25山陰放送のオンラインニュースで、丸山島根県知事が、徹底した批判を展開してくれました。 私としてはまさに我が意を得たり、です。 この中で丸山知事は、 まず、消費税に依らず社会保険で徴収するという案
「経団連、経済同友会は公益を考える機関ではないのか?とても公益を考えているとは思われない。猛省を促したい。」/少子化対策に消費税を上げよ、とは何事!!
経団連十倉会長の噴飯もの発言 経団連の十倉会長がとんでもない発言をしています。 少子化対策として、消費税を考えよ、ということです。そのことは下記引用記事に記されています。 これまで日本経済の成長を阻害していた最大の原因は、消費税です。それは、高齢化社会を煽られる中、消費意欲を減退させ続け、消費ではなく貯蓄を増やしてきたことによると言って過言ではありません。 経済同友会の同罪 二番目の記事に、通常経団連の良き抑止力として働いてきた経済同友会ですが、この人たちもエゴの塊で
「ローマ人の物語Ⅵ パックスロマーナ」(塩野七生著)オクタビアヌス⇒アウグストウス/カエサルほどでないにせよ、天才オクタビアヌスの物語は秀逸、世界史のハイライト
カエサル暗殺後はその後継者オクタビアヌスが権力を掌握していきます。 そしてカエサルの描いたローマの帝国化を時間を掛けて成し遂げます。 塩野七生さんは、 「ローマ人の物語Ⅴ」のカエサル暗殺後の部分からオクタビアヌスを書いていき、反カエサル派の掃蕩、アントニウス討滅までを「ローマ人の物語Ⅴ」で描きますが、ここまではローマ内部の権力闘争に勝ち抜くオクタビアヌスと言うことになります。 「ローマ人の物語Ⅵ」では、オクタビアヌス改めアウグストウスがローマによる地中海世界の平和、いわゆる
「今とんでもないことが行われようとしている、LGBT法案、理解増進法案」/自民党部会で反対や慎重派の多い法案を一任は有り得ない
LGBT関連法案で自民党内でとんでもないことが行われようとしている。 もともと差別な他国に比較して圧倒的に少なく、LGBTの人たちそのものも反対しているLGBT関連法を自民党の幹部が推進しようとしている。 産経新聞や読売新聞もその社説などで反対若しくは慎重に行うべし、と主張しているのに、自民党の一部が拙速に進めようとしているらしい。 なにかがうごめいているに違いないように思われる。米国駐日大使エマニュエル(民主党)が内政干渉まがいの言説を垂れ流している。また、ドイツ大使も
「気候変動は重大リスクでない、とFRB幹部が言っている」/最近SDGsとか気候変動とか脱炭素とかに抗する流れが出てきているのは当たり前
最近、SDGsとか、気候変動、脱炭素とかに対して、それに掉さすニュースが増えてきているのは、まともな流れだと思います。 少し前に、ドイツで内燃機関の自動車について、EUに抗して利用し続けるという決定がなされたニュースが有りました。 これは、そもそもアメリカがそうすることはないと思いますので、いずれ世界的な潮流の逆戻りとなっていくものと思います。 また、先週、FRBのウォラー理事が、「気候変動は金融安定の重大リスクでない」とした発言が各所で取り上げられています。 下記はロイ
「バフェットの通貨感 人々が通貨への信頼を失ってしまうと回復するのは極めて困難だろう」まさにもっともです。日本は通貨の信用の本質を見間違うことなく国益を追求していかなくてはならない。
バークシャー社の年次総会でのウォーレンバフェットの発言に対する記事が喧しい。 下記のBusinessInsiderJapanの記事中に通貨に関する発言が有ったので今回取り上げてみます。 「他の通貨を基軸通貨とする選択肢はないと思う。しかし、慎重になる必要がある。ただ紙幣を刷り続けるのは狂気の沙汰だ。その影響で人々が通貨への信頼を失ってしまうと、回復させるのは極めて困難だろう」 ドル基軸体制 もちろん、これはドルについての発言です。 短い言葉で信用の本質について、鋭く語っ
「日露戦争旅順攻防戦ー追記補足/司馬遼太郎史観に騙されないで」/203高地戦実施のタイミングはやはり第三回総攻撃直後でベストではないのか、追記の追記:戦術としての203高地戦の意味
下記記事で日露戦争の203高地戦の戦略的意味、戦術的意味について記しましたが、追記の上の補足をさせていただきたいと思います。 203高地戦は明治37(1904)年11月27日~12月5日までの間に行われたものです。 この露軍戦力の大消耗を強いた作戦の時期ついての考察を補足として記しておきます。 確かに、この203高地が永久堡塁ではなく強化野戦陣地であったということで大消耗戦をもっと早くに実施していればという仮定の話が有り得ると思います。 第一回総攻撃(8月)~第二回総攻