徒然物語101 席替え

春は異動のシーズン。

私の部署も、新たな風が吹くと期待していた。

ところが昨今の人手不足で、係長が引抜かれ、後任はなし。

まさかの減員となってしまった。

部署全体に戦慄が走った。

今まで課長の檄を必死に受け止め、私たちを守ってくれた優しい係長がいなくなってしまうからだ。

これからはダイレクトに厳しい指導が来る。

誰もが恐れおののいていた。

勿論私もだ。

しかし、私にはそれ以上に恐れている事案があった。

なにか。

席替えによって私の隣が、小松さんになったことだ。

小松さんは営業部署の紅一点だ。

入社3年目だが、明るく頑張り屋なので、メンバーから可愛がられている。

けれども、私は10歳くらい年が離れている女性と、どう接したらいいかわからず、距離を置いていた。

だから、同じ部署なのにほとんど会話すらしていない有様だった。

「よろしくお願いします。」

小松さんが荷物を置きながら、私に笑顔を向けてくる。

不愛想で、嫌われてないか?

仕事のできない中年オヤジと思われていないか?

体臭とか、大丈夫かな?

などと、駆け巡る疑心暗鬼を振り払いながら、

「よ、よろしく。」

などと、不細工な愛想笑いで返すのが精一杯の始末だった。

「あ、そうだ…」

そう言って小松さんは、自分のカバンをごそごそ漁り出した。

体臭キツイか?スプレーでも出てくるのか?

と身構えた矢先、

「これ、柿ピー貰ったんで、半分コして食べませんか?」

小松さんは笑顔を崩さず、取り出した柿ピーの袋を振って見せた。

「えっああ、いいの?ありがとう…」

そう言うのが精一杯の私をよそに、ティッシュを1枚出し、半分ほどをそこに乗せ、

「どうぞ!」

とまた微笑んだ。

「いただきます。」

「たまに食べたくなりますよね!」

小松さんはピーナッツを頬張りながら書類を広げ始めた。

「そ、そうだね…」

こんな時に気の利いた言葉が出てこない自分が情けない。

けれども。

よかった。とりあえず体臭キツイとか、嫌われてはいなさそうだ…

などと、胸をなでおろしながら、柿ピーを1つ摘まむ。

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