徒然物語30 二階から見降ろせば

水出しコーヒー1杯300円

二階の窓にはそんな文字が描かれていた。

久しぶりの出張。アポイントの時間までまだ少し余裕がある。

時間つぶしと喉の渇きを潤すため、喫茶店を探していた矢先だった。

よし、あの店にしよう。

男は即決し、2階へ上るエレベーターを探した。しかし、古びた雑居ビルにはそんな気の利いたものはなく、すれ違うのがやっとの階段がぽっかりと口を開けていた。

まあ、2階建てのビルに、エレベーターなんてないか。

男が階段を上ろうとすると、上から物音がした。
見ると、紺色のシャツにジーパンという出で立ちの、中年男の背中がそこにあった。
中年男は踊り場を折り返し、2階へと昇っていく最中だった。

くっ先客か。

男は待たされることを覚悟し、別の店にするかと逡巡したのだが、探すほうが手間だと考え直し、再び階段を上りだした。

しかし、上がってみると、やけに静かで物音ひとつしない。

埃にまみれた薄暗い廊下は、もはやその先に営業中の喫茶店が存在しないことを物語っていた。

潰れているのか…

そう思いながらかつては多くの人が開けたであろう扉まで歩み寄る。念のため、扉を動かしてみるが、鍵がかかっていて開く気配がない。

扉の窓越しに見る店内は、椅子と机だけが乱雑に置かれ、やはり埃にまみれていた。随分長い期間、このままだったのだろう。
男は薄ら寒さから恐怖を覚え、慌てて階段へと引き返す。

残念。他を当たろう。

あきらめて、別の店を探そうとスマホを取り出したとき、はっとした。

あれ、おれより先に2階に上がった、あの男はどこへ行ったんだ?

気付いた瞬間、男の背筋に冷たいものが走った。

電源をオンにしていない暗い画面が、日の光を反射してさっき入ることができなかった喫茶店の窓を映していた。

そこに映っていたものはーー

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