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甲子園はテレビで見るもの #かくつなぐめぐる

「書くこと」を通じて出会った仲間たちがエッセイでバトンをつなぐマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。8月のキーワードは「Tシャツ」と「台風」です。最初と最後の段落にそれぞれの言葉を入れ、11人の"走者"たちが順次記事を公開します。


夏といえば何か? と問われたら、海、スイカ、風鈴など思いつくものはたくさんあるが、その中の1つに「甲子園」がある。正式名称は「全国高等学校野球選手権大会」だ。しかし、甲子園と言うだけで多くの人はそれということが分かる。それだけ、多くの人に愛されているということだろう。開催期間限定で放送される『熱闘甲子園』なんて、号泣不可避だ。そんな涙もろい僕も、かつては高校球児だった。毎日、泥だらけになった練習着のTシャツを風呂場でゴシゴシと洗っていたものだ。

毎年、甲子園を見るたびに自分の高校時代と重ねては「もっと頑張っておけば……」と考えてしまう。でも、当時の僕は「甲子園に行きたい!」なんて考えたこともなかった。

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僕が野球部に入部した理由は我ながら浅はかだった。「大学に行ってまで勉強したくない!」という思いから、進学を考えていなかった僕は、入学当初から就職することだけを考えていた。そして、就職試験を受けるには校内推薦が必要だった。僕の通っていた高校では、校内推薦してもらう条件として、テストで良い点数を取り続ける、もしくは部活動に所属していることが重要だった。「それなら部活しかない!」と思い、小・中と経験のあった野球部に入ることにしたのだ。野球は好きだったけど、甲子園に憧れるわけでもなく、プロ野球選手を目指しているわけでもなかった。

その野球部は厳しいことで有名だった。友達や、その高校に通う先輩にも「あそこの野球部、マジで厳しいらしいよ」と聞かされていた。しかしその分、辞めずに続けた人には「あの野球部を3年間続けた」という、校内推薦を大きく後押しする名誉が与えられるということも聞いていた。

この時、真剣に考えていれば違う部活という選択肢もあったはずだが、僕は「まあ大丈夫っしょ」と軽く考えていた。

ーーそんな僕の考えなど、生クリームに角砂糖と蜂蜜と練乳をぶっかけたくらい甘かったことを、すぐに思い知らされることになる。

入部初日からその厳しさは容赦なく牙を剥いた。グラウンドに集められた僕たち新入部員は、先輩から「鉄の掟」を言い渡された。飢えたハイエナのような目をした先輩が発表する掟を、1つも聞き逃すまいとノートに殴り書きでメモを取った。

自転車の立ち漕ぎ禁止、炭酸飲料禁止、校内の自販機及び売店使用禁止、スニーカーの着用禁止、携帯使用禁止、コンビニ使用禁止、3年生に話しかけるのは禁止、校内外問わず先輩を見かけたら挨拶(荷物を全て置き、大声で)、1人最低1個は持ちギャグを持つこと……など、書き出したらキリはない。これらのルールを誰か1人でも破れば、連帯責任で無限うさぎ跳びや無限ランニングなどの罰が与えられる。

今考えたら笑ってしまうものばかりだが、当時の僕は本気でこれらのルールを守っていた。幸い炭酸飲料(特にコーラ)は元々苦手だったから平気だったけど、坂道を立ち漕ぎできないのはかなりしんどかった……。

ルールの説明が終わり、やっと練習は始まった。しかし、思っていた練習とは程遠いものだった。ひたすら挨拶(腰を限界まで反らせて、出せる限りの大声で)と、校歌斉唱(姿勢は挨拶と同じ)を繰り返すだけ。少しでも手を抜けば、ソーシャルディスタンスなんて皆無、ほぼゼロ距離の位置まで先輩が近づいてきて、怒鳴られる。先輩の口から止めどなく吹き出してくる唾を顔面でキャッチしながら、それを拭うことも許されない。キャッチしたいのは唾じゃなくて白球なのに・・・。

次の日の練習。25人程度いたはずの1年生は18人になり、最終的には15人になっていた。

ーー2年の時を経て、3年生になった僕はまだ野球を続けていた。毎日「もう辞める!」と思っていたけど「今辞めたら、今まで耐えてきた時間が無駄になってしまう」と自分に言い聞かせながら、何とか耐えてきた。

3年生になるまで、ただ”耐える”ことだけに全精力を注いでいたから、「野球が上手くなりたい」や「試合で活躍したい」などという願望は、一切合切捨ててしまっていた。

毎日、雨乞いして練習が中止になることを願っていたし、練習があったとしても「いかにサボるか」だけを考えていた。さらには、練習試合や公式試合でも当然勝利を望んでいたが、僕の理由は「その時間は練習しなくて済む」というものだった。あの時代に戻れるなら、闘争心を失っていた自分を引っ叩き、どうにかして奮起させてあげたいものだ。

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人生でたった一度しかない高校球児としての大半をそんなマインドで過ごしていた僕にとって、甲子園に出場している選手たちは無条件で尊敬の対象だ。本来は疎むべきである台風が来て臨時休校になった時に、こっそりとグラウンドに集まり、暴風雨のなか転げ回りながら遊び回っていた自分と比べると、立派な人間しかいない。彼らなら、室内でトレーニングをするか、バッティングセンターに行ってるだろう。そんな彼らはきっと、最後の試合に負けたとしても後悔は残らず、「やれることは全てやった」という、清々しい気持ちになるのだろう。

ーーもう高校時代には戻れないけど、「どんな環境でも後悔しないようにベストを尽くす」という思いを今の僕が持てているのは、間違いなくあの頃のおかげだ。

バトンズの学校1期生メンバーによるマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。今回の走者は兼子でした。次回の走者はのんさん、更新日は8月13日(土)です。お楽しみに!


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