停滞した時間、ドリンクバー。ファミレスを享受せよ。

 お医者様に「良いニュースと悪いニュースとガンがあります」と告げられた。良いニュースというのは保険が適用されるということで、悪いニュースというのはもうすぐ地球が終わってしまうということで、ガンはガンだった。
 なんだよ、地球終わっちゃうのかよ。終わらなかったとしてもガンじゃないのよ。と諦めかけた僕だったけれど、しかしやり残したことをどんどんやっていこうと前向きになることに成功した。
 しかし、一生懸命生きていなかったので、やり残したこともなかった。
 どうしようもないので映画を観たりツイッターを観たり散歩していたりしていると、あまりおもしろくない。
 僕はそこである直感をした。終わってしまいそうだからといって、それを受け入れて静かに終わっていくのではあまりに想像通りでつまらない。終わってしまいそうになってから一生懸命になって、無駄な努力だと閻魔大王に哀れまれる方がおもしろいのではないか。
 そう決意して、僕は、『ファミレスを享受せよ』をプレイした!

・物語が始まった時点でストーリーは主人公以外のキャラクターたちによって停滞させられていたが、しかしプレイヤーの行動によってそれぞれの終わり方を迎えられる。というアドベンチャーゲームのうま味がたくさんでていてよかった。主人公が薄ければ薄いほどプレイヤーとの距離が近くなるからそれだけ物語に没入できる楽しさがアドベンチャーゲームにはある。このゲームでは主人公の名前が最後の最後にならないと明かされないし、それがとくに重要でもない。

・タイトルがいい。
「ファミレスを享受せよ」
 ネーミングからインターネットみたいな香りがするけれどそう思うのは僕の感覚が染まっているからだ。とてもカッコいいと感じる。
 ファミレスとはもちろんファミリー向けのレストランである。しかし、このゲームにおけるファミレスの解釈は、時間が停滞していてドリンクバーを好きなだけ飲むことが出来る場所というものだ。そこにファミリーはいない、つまり満月の深夜で、人々はそれぞれが違うテーブルに着いて、疲れているような落ち着いているような顔をして座っている。
 この解釈において「ファミレスを享受」するということは、たくさんの時間を過ごすこととドリンクバーを楽しむということなのだ。
 このことは、『ファミレスを享受せよ』をプレイできるサイトの説明からも理解できる。

「ファミレスを享受せよ 
永遠のファミレス『ムーンパレス』に迷い込むアドベンチャーゲームです。なんとドリンクバーもあります。」

 登場人物の全員はそれぞれの物語を終わらせてそれぞれが満たされた人物になっていく。しかし、それでも共通点があるとすれば、同じ場所に居合わせたということである。そこはファミレスである。彼らはファミレスで長い時間をドリンクバーと共に過ごした。ファミレスを享受した。だからこの物語は『ファミレスを享受せよ』。

・台詞回しがかっこいい。
「なぁ君、ファミレスを享受せよ 月は満ちに満ちているし ドリンクバーだってあるんだ」とはガラスパンの台詞で、このゲームを象徴するもので、ガラスパンにしては持って回ったような言い方だけれど、印象的。
「ここでは水が飲みたければ偉大な王でさえ自ら立ち上がりドリンクバーに行くしかない」とは王の台詞で、王がファミレスにいるシチュエーションの台詞の中で一番面白い。

・セロニカさんが前後盲にまつわる説明をしてくれるくだりでこの人頭いいんだと分からされた。日常会話で賢さをアピールさせるにはこうすればいいのだという悪知恵を得た。

・謎解きのために必要な要素が「莫大な時間」と「ドリンクバー」で、ファミレスという舞台を活かしきっているから展開がきれいだった。
 だとしても莫大すぎる。

・キャラクターの全員がローテンションに会話するけれど、それぞれにダウナー・知的好奇心・臆病・偉大の要素が組み込まれているから、まったく別のキャラクターとして書き分けられていて技術を感じた。


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