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【22'9月】 神山のフリースクールインターン

2022年9月は1ヶ月丸々、森の学校みっけという小学校(フリースクール)でインターンをしていた。

6月、徳島に行った時に10歳年の離れた友人と久々に会い、話をもらった。
9月、空いてるなら来ない?と。
その友人はみっけの立ち上げに関わっていて(それはFacebookで見かけて知っていた)、今もコア&裏方で携わっている。
9月にスタッフが足りなくなるから、よければ来てみないかという話だった。

その友人と知り合ったきっかけは私が通っていたフリースクールで、私が在校していた時に、その友人(以下Nとする)は幼稚園の方のスタッフをしていた(確か)。
卒業してから、その法人が運営する別のイベントに通っていた私は、そこの現場運営をしていたNとよく会い、そこからなぜか仲良くなって二人でご飯に行ったり海に行ったりするようになった(気がする)。(色々と確証がなさすぎる)

私が通っていたフリースクールはかなりアウトドアでみんな色々と小学生らしからぬことをしていた(させてもらっていた)から、その経験もあって、みっけの現場スタッフに、という成り行きだった。
もちろん、二つ返事でOKさせてもらった。


森の学校みっけ

森の学校みっけは、徳島県神山町に昨年度できた小学校。
森をフィールドに、毎日遊んで過ごす中で学びを得るような場所だ。

フィールドは元々棚田だった急斜面のふもとにある広場で、普通の学校しか見たことのない人からしたら「ここが学校…?」「危ない…!」と思ってもおかしくないが、まさに「適度に手入れされている森」といった感じで、子どもからしたらワクワクが止まらない空間だと思う。
フィールドは木々に囲まれていて、朝現場に行くと鳥の鳴き声が元気に飛び交っている。一番下には川が流れていて、夏はダム下の深い水溜まりで川遊びができて、魚が泳いでいたり、モズクガニが顔を見せたりする。カナヘビがそこかしこにいて、一時期はカナヘビ集めにみんな夢中になったんだとか。

そんな"自然のど真ん中"みたいな場所で、小学生とわちゃわちゃ遊びながら1ヶ月を過ごした。

右に雨樋だけ写ってるのが校舎、下の六角屋根がキッチン
右に広がるのが広場で、下には川が流れている
後ろは斜面(上から降りてくる道)

みっけに惹かれたワケ

どうして話をもらった時に、二つ返事で「行こう」と思ったか。

答えは、「直感」でしかない。
実はこの話をもらう前、9月は国内のどこかを旅行して、10月から北海道の牧場インターンに行くという予定をなんとなく立てていた。
だけど、明確なあてもない旅行なんかよりも、こっちに行った方がいいと直感的に思った。

ちゃんとした理由がないわけではない。直感ではあるが、その後になんとなく出てきた理由はあった。

  1. 「学校づくり」の現場を見てみたかった

  2. 神山という場所に帰りたかった

  3. 小学生という年齢層と関わってみたかった

  4. 最低限の暮らしをしてみたかった

1.「学校づくり」の現場を見てみたかった

将来、学校作ってみたいな、みたいなことをなんとなく思っているんだけど、果たして学校作るとはどういうことなのだろうか、というはてなしかなくて、1年目の学校の現場に入ってみてそれが少しでも解消されれば、という気持ちだった。

実際、1年目というのはとても大変で、学校にとって一日一日が初めてなので、経験値を毎日積み上げていたし、決まりや対応も日々更新されていた。
手探りとはこういうことなのか、と感じる毎日だった。
それにしても、開校1年目で生徒が10人以上いるのはすごいことだと思った。

2.神山という場所に帰りたかった

徳島に引っ越したのが小学3年生の手前だったが、徳島県で一番最初に住んだのが神山だった。
神山町は、今となってはなんだか名の知れた地域になっているが、当時はなんもないところだった(見た目上は)。
住んでいたのはかなり山奥の家で、もう一家族と共同生活という大変色々あった生活をしていたが、何気に気に入っていた。(当時は不満だらけだったんだけど、思い返せば自分の核になっていることに気づく)

山と畑に囲まれた古い家で、風呂は薪風呂で、食事は肉がなく、小麦粉を溶いて焼いたものをよく食べさせられ(それが嫌いすぎてその記憶しかない)、同居家族の兄弟の兄に嫌がらせをされ、学校には1時間かかり、山降りてもなんもない、不便な生活だった。

でも、畑の果樹のはっさくやびわは食べ放題、木は登り放題、時間は使い放題、山登り放題・降り放題で、楽しい記憶の方が多い。
ウーフーでたまに外国人が来るのも楽しかった。
よくはっさくの木の上で漫画を読んでいた。

景色は海の方が好きな私が、住む場所は山がいいと思うのは、ここでの生活に起因しているのだろう。
だから、もう一度神山に帰りたかった。今の自分は、あの土地にいて何を感じるだろう、と。

3.小学生という年齢層と関わってみたかった

「小学生」。それは、未知な存在だった。
中学生、高校生、大人とはよく関わってきたが、小学生は小学校卒業以来全く接することがなく、どういう生き物なのかが本当にわからなかった。
だから、小学生という年齢層が、物事をどうみて、何を話して、感じるのか、知りたかった。

ちなみに、丸で未知なもんだから、接し方もわからず、現場ではとりあえずバカになろうと思ってバカを丸出ししてたら結構ウケた。新しい自分の扉を開いてしまった。小学生って超素直でかわいい。

4.最低限の暮らしをしてみたかった

これは割と当時の自分にとってビッグテーマで、「あるものでなんとかする」暮らしをしてみたかった。

みっけは当時、水道、電気、ガスがなくて、あるもので何とかしていた。
それが好きだった。

水は朝に上から汲んできて、フィールドに下ろして一日使う。流しっぱなしにするとすぐになくなっちゃうから、必要な分しか使わない。
電気はないけど、陽の光で過ごす。
ガスは通ってないから、焚き火を起こしてご飯を作ったり暖をとる。どうしても湿気って火がつかない時だけ、ガスボンベを使う。
他にも紙とか糸とか何か作る時には木や実や葉っぱやフィールドにあるものを集めて、「必要な分」を使っていた。

みっけのお昼ご飯
普段はお肉や卵は使わない
この日はモズクガニの差し入れがあって、みんなで茹でて大事に食べた


みっけでインターンしてる間、みっけが持っている「オレンジハウス」という一軒家でシェアハウスをしていた。そこはまだ整備が整っていなくて、とりあえず屋根と床と水、電気、ガスはあるよ、という状態だった。
慣れてない人からしたら「不便極まりない」家だけど、ないからこそ工夫して切り抜ける「あるもんで生活」は結構気に入っていた。

ちなみに Wi-Fiがなくて各自ポケットWi-Fiで限られた電波生活をしていたから、基本的にデバイスフリーで、ご飯を一緒に作り、食べ、その後はお互いのことを話したり、何かを一緒に作ったり、明日の話をしたり、みたいなゆったりした時間を過ごして、それも結構好きだった。

夜遅くまで折り紙をしてなんとか完成したクジラとエイ

同居人とは食の価値観が過去一ピッタで、おかげで食べるものもストレスフリーで、最低限の調味料しか使わない料理づくりも楽しかった。(だしをとって使ったり、味付けは塩か醤油か味噌だったり、ご飯は鍋で炊いたり、生ゴミ処理はコンポストを使っていたり、豆を挽いたコーヒーを淹れて飲んだり)

もらった野菜たちで作った夜ご飯。
野菜だけなのに"満たされる"という感覚


何を学び、感じ、得たか

小学生という難しさと面白さ

小学生って難しいな、って思った。
6才も違う年の子が同じ空間に存在している。それだけでカオスだ。体力も違えば、年齢的な発達度合いも違う。見ている目線も違う。
例えば4.5年生の子がトレラン(トレイルランニング)をしたいとなった時、1年生の子も当然したいとなる。でも、体力的に同じ速度で走ることはできない。上級生からしたら、早く走りたいから、低学年は来ないで、となる。お互いにその折り合いをつけるって、気持ちの面で、思っているより難しい。
言語が違うといったら大袈裟かもしれないけど、私たちの年齢が普段使っている言葉は、かなり噛み砕かないと彼らには届かない時がある。伝える力が試されるなと感じた。
自分を客観視することのない年齢がゆえに、ヒートアップすると止まらないし、誰が悪い、誰は悪くないというやりとりになってしまう。言葉でうまく伝えられないから、すぐに手が出る。大人が持っている「冷静さ」のようなものが、まだ成熟していない。
一方で、とても正直で無邪気な彼らはとてもかわいい。心の中は複雑だけど、それでも楽しい時は笑うし、小さなことでもはしゃぐし、素直にありがとうと言うし、一丁前に大人みたいなこと言う。大変かわいい。

集中するということ

平日の5日間、朝8時半から17時まで現場でフル稼働していた1ヶ月間だったが、思えば週5のフルタイムで同じことをするなんて初めてだった。
また、今まで様々なもの・ことの掛け持ちで常に複数のことで頭がいっぱいだったが、9月は9割みっけの活動で、毎日森で子どもたちと遊ぶことしかしなかった。
ひとつに集中することってこんなにゆったりしているのかと思った。
マルチタスクも悪くないが、一つの場所に集中してそれだけのことを考えて時間を過ごすって超いいなっていう感想。

誰かがカボチャの種で作っていた顔
カボチャの種を分けてってお願いしたら、顔ができてた

幸せだった

フィールドにいると、私はとても元気だった。
これは直感の答えになったことだけど、神山はとても良い気が流れている。良いエネルギーがある。フィールドも良い気が流れていて、私はそのエネルギーに元気をもらっていた。
朝フィールドに行って、校舎に座って森を眺めた時の、ちょっとくすんだ空と潤った緑が好きだった。

いつもの視界

良いエネルギーのおかげかそこにいる人たちもとても素敵で、1ヶ月しかいなかったのに、まるでファミリーのようだった。子どもたちも含めて。
また帰る場所が増えた。

12月にまたみんなに会いに行った時に、「またみっけにスタッフできて!」「帰っちゃだめ!!」と数人がかりで全力で引き止められた時はさすがににやけたよな。

帰っちゃだめーーー!(全力)
ごめん飛行機!!!!!!(全力)

そんな感じで、2022年9月、神山、みっけは私の人生の大切な一部を占めるライフイベントになった。
ありがとう、みっけの家族たちよ。

番外編

神山に住んでいた間、みっけ以外の思い出もある

かまや・かまパン

私が愛してやまないお店がある。それが、かまや・かまパンだ。

http://foodhub.co.jp/

フードハブプロジェクトが運営する食堂とパン屋さんで、ここがありえんおいしいのよ。
パン屋の「いつもの食パン」と「ベーコンエピ」は大好きで、神山滞在中は足繁く通っておりました。
"本物"がある場所。

神山校

神山には高校が一つだけあって、そこの生徒の一部が住む「あゆハウス」っていう寮があるんだが、そこと仲良くなって、一度夕食をお供させてもらいに行った。
それ以来顔見知りも増えて、神山にいる時に会って話したりする人たちになった。
この前神山に行った時は、ドイツに留学に行っていたという子からドイツのお土産のチョコレートをいただいてしまった。おいしかった。

知人

神山ではたまにイベントが開かれていたりするんだけど、住んでいた頃はその界隈にいたため、謎に県内の大人は知り合い多め。
で、近年は全く会ってなかったけど、そういうイベントで見かけて話しかけたら「あぁ!」なんてことよくある。
当時マーケットに出店してた人が、今ではお店構えてる、なんてことよくある。私のことを覚えてくれていて、名前も覚えてくれていた時は感動した。

上に書いたことが起きた豆ちよコーヒー

オオスズメバチ

退去日に、部屋にオオスズメバチが5匹部屋に侵入しているという事件があった。
私の人生さすがにここまでか.…と思った。
謎に網戸が一部開いていて、そこから一匹侵入したらしい。うわやべぇ..と思って、出て行ってほしいと思って、もう一つの窓の網戸を開けて、出てってくれ〜と思いながらトイレに行った。出たかしらと思って恐る恐る部屋を覗いたら、なんか一匹増えてた。嘘やんと思って放置してまた戻ってきたら、4匹に増えていた。さすがに笑った。最終的には5匹になって、もう言葉すら出なかったんだけど、もうどうにでもなれと思ってドアの隙間から彼らを観察してた。頑張って出ようとしてるのに全然出口見つけられてない感じが妙に愛着湧いた。
結局出て行ってくれて、お互い無傷で済んだ。命拾いしたな、スズメバチよ。

いかにも飛んでます、オオスズメバチ

同居人の友人のパスタ

同居人の友人が、同居人に軽トラを届けにきて一泊した。朝に、パスタを作ってくれたんだが、それがありえんうまさだった、玉ねぎを油とトマト缶と塩しか使ってないらしい。ありえん。
最低限の材料で、激うまな料理を作れるようになりたいと思った。が、思うだけだった。。。

ありえん

まとめ

神山大好き

永住する場所じゃないな、と思うけど、頻繁に帰りたくなる場所

またすぐに。

2023/4/3 スオミ@今日だけで1万字は書いてる

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