【エッセイ】術後せん妄と絶望 #1 がんの知らせと不穏な朝
#1 がんの知らせと不穏な朝
私はその頃、毎晩同じ夢を見ていた。
鏡の中で微笑むもう一人の自分が、次第にその表情を歪ませていく夢ー。
私は目を覚まし、夢の中の影が消えるまでしばらく瞬きを繰り返した。外の世界は静まり返っている。窓の外には、無機質なビルが並び、その間を流れるかのように、マスクをした人々がまるで亡霊のように足早に歩いていくのがぼんやりと見える。コロナの緊急事態宣言が出されてから、街はいつも不安と静けさに包まれていた。
ここ数ヶ月、同じような朝を何度も迎えてきた。スマートフォンを手に取り、SNSやニュースを確認するのが最近の習慣になっていた。
「不要不急な外出を控えるように」と今日もネットニュースが繰り返している。
その日は、いつもと少し違った。キッチンのテーブルにおいた携帯電話が細かく振動していた。『ジジジ……』という着信のバイブ音が不気味に響いて、画面には父の名前が表示されている。普段は滅多にかけてこない電話に、嫌な予感がした。
田舎に住む父母とは、コロナの影響でしばらく会えていない。
電話を取ると、遠く離れた町からの声は、まるで夢の中の囁きのように小さく感じられた。
「おう、朝早くから悪いね。コロナにかかってないかい。いやちょっとね、大事なことだから電話したんだけどさ。」
父は会話の糸口を見つけながら、覚悟を決めて何かを言おうとしている様子だった。
「お母さん、がんだって。昨日病院で言われたんだ。」
私はもう一度、夢の中の歪んだ微笑みを思い出しながら、意識が遠のく気がした。耳から聞こえてくる言葉がよく理解できなかった。
現実が夢と変わらないほどの不気味な朝だった。
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