見出し画像

あおぞらの証明 #3

晩ご飯を食べ終わった俺はお父さんの部屋に向かった。
部屋の扉を開けると真ん前には紙が山積みになったアンティーク調の大きな机、その右手には2m近くある大きな本棚がある大きな部屋だった。そこは、仕事部屋のような部屋で俺には理解もできないような難しい本がたくさんあった。少なくとも俺の家の2倍の大きさはあった。
部屋に入るとお父さんは机の前に座って仕事をしていた。
「俺に何の話ですか。」
先に口を開いたのは俺のほうだった。
「美咲から、裕は高校に行かず働くと聞いてね。就職先はもう決まったのか。」
俺は、言葉を詰まらせながら答えた。
「いえ、まだです。」
「そうか。私はね、君を息子のように思っている。」
そう言われたとき俺はとてもうれしかった。自分の親父から愛情を受けたことのなかった俺は美咲のお父さんを自分のお父さんのように慕っていた。
「だからな、もしお前が望むなら高校進学の学費を出してもいいと考えている。」
俺はその言葉にはっとして顔をあげた。それは思ってもみない提案だった。
「だからな、裕」
そこまで言ったところで美咲のお父さんは言葉を切った。それは裕の表情に曇りが現れたからであった。
「お父さん、俺は今まであなたにすごくお世話になりました。でも、これ以上迷惑をかけるわけにはいきません。とても嬉しい話ですがお断りします。」
俺はきっぱりと断った。この提案に心が動かなかったと言えば噓になる。でも俺は、ここで親父から自立し離れなければ、父親と同じ様な道をたどってしまう気がしていた。
高校に行ってあと3年も親父を保護者という形で頼りたくはなかった。

「ちょっと待て裕、君ならそういうと思ったよ。君は親父と違って真面目だからな。」
お父さんはふっと笑った。笑った時にできるほほのしわは美咲の笑顔を思い起こさせる。
そして、俺の前に1枚の紙を出してきた。それを見てみると、清水鉄工所の求人チラシであった。
「えっと、これは」と裕が戸惑っていると、
「裕、中学を卒業したらここで働くのはどうだ。もちろん強制ではないよ。」
中学卒業後の進路が決まっていない裕にとって願ってもない提案だった。
「あの、この会社は俺なんかを雇ってくれるんですか。」
いくら町の鉄工所だと言っても何の知識もない俺が働けるとは考えられなかった。
すると、お父さんが
「この鉄工所の社長が俺の親父の同級生でな、若い人がいないから誰か紹介してくれないかと頼んできたんだよ。だから、もし裕がここで働きたいなら俺が裕を社長に紹介する。どうする。返事は今でなくていい。家に帰ってじっくり考えてみな。」
お父さんは優しい目を俺に向けていた。
「でも、お父さんに甘えるわけには」
「勘違いするな、俺は裕に同情して仕事を提案しているわけじゃない。偶然、人が必要な会社から若い子を紹介してほしいと言われて真っ先に思いついたのが裕だっただけ。俺は、裕を紹介したら清水さんに恩を売れる。そして清水鉄工所は人手が増える。ただそれだけだ。だから、裕は俺のことなんて気にしなくていいんだよ。」
お父さんは俺に優しい口調でこう言ってくれた。
お父さんが俺に気を使ってくれたことはわかっていた。でも、その気遣いがうれしかった。だから俺はその会社で働くことを決めた。

いつか恩返しすることを心に決めて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?