酔夫伝

酔っぱらいというものは、同じ話を何度もする。
あるとき居酒屋さんで、たまたま隣になったおじさんはすんどめへ、
「おかずのないときゃぶっかけ!
あんなもん、3秒でできる、3秒で。
まずは卵をコン。
これで1秒でしょ、ね?
次にその卵をご飯の上にパシャッ。
これで2秒でしょ、ね、そうでしょう?
で最後に醤油をタラッ。
ホレ3秒でしょ3秒。
ね?
そうでしょ?
だからおかずのないときゃぶっかけが一番いいんだって。
あんなもん3秒でできるって。
まずは卵の殻をコン。
ね、これで1秒でしょ、ね?
俺の言ってること、おかしいかい?
何にもおかしくないでしょ、ね?
どう考えても1秒でしょ。
でもってご飯の上に卵をパシャッ。
ホレこれで2秒でしょ2秒。
ねーっ?
そんで次に、ご飯の上に醤油をタラッ。
ホーレこれで3秒でしょ3秒。
ね、俺の言ってることなんか間違ってる?
間違ってないでしょ、ねー。
おかずのなときゃぶっかけ!」
彼はこれを100回ほどくり返していた。

すんどめがあるとき、ふと居酒屋さんのノレンをくぐると、そこにはサラリーマン風の2名の先客が、隣り合って飲んでいた。
そのうちの片方が、もう片方に、
「小遊三はオレンジ!
小遊三はオレンジ!
だーかーら、オレンジだーっ、小遊三は!
俺がオレンジだっちゅったらオレンジなんだって。
間違いねえって。
小遊三はオレンジだーっ!」
それを聞きながらすんどめは心の中で、
(小遊三は水色だよ。
たい平がオレンジだよ)
と思ったが、おじさんは途切れることなく永久に同じ主張をくり返し、また、相方のおじさんも決して逆らわずに黙って永久にうなずき続けている。
むろん、スマホで調べてみよう、などと彼らは決して言わないし、また横からそんなことを意見してはいけない。
彼らがしたいのは、そんなことではないのだ。
(このおじさん、よっぽど伝えたいんだろうなあ。
小遊三がオレンジだってことを。
水色なのに!)
「小遊三オレンジ説」の絶えざるリフレインの中、夜はひたすらにふけゆくのであった。

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