裏庭の死んだ人 2

翌朝、僕は誰かの声で目が覚めた。
「映画見に行ってくるから鍵閉めて出かけてね。」
それは3年ぶりに聞いた母親の声だった。
 寝起きは良いので完全に目は覚めていたが、寝ぼけたフリで適当に返事を返した。
「ごゆっくり。」
映画なんてゆっくりしようと思っても急ごうと思っても結局2時間かかるものだからこの返事はおかしいが、母親は特に何もを言うことなくさーっと家を出ていった。しばらくして僕もササーっと準備して大学へ向かった。
 その日は授業が三限からだったので、12時過ぎに大学に着いた。もうお昼だっていうのにおっさんが早朝みたいな顔で体操をしている。このおっさんは大学でよく見る人だ。おそらくホームレスなんだろう。広い大学内には色々なものが住み着いているがそれは浮浪者も例外ではなかった。郊外で警備もロクにされていない広い国立大学は、家を持たない者にとって非常に居心地の良い場所なのだろう。ただいくら居心地が良いからといって、なぜこんなどうしようもない人生を体操なんかして引き延ばそうとしているのか、僕には理解できなかった。
 つまらない授業とちょっと面白い授業を合計180分うけてその日は終わった。その後の予定は特になかったので家に直行しようと思ったが、また家族が揃っていたらダルいのでどこかで時間を潰すことにした。どこに行こうかボヤーっと考えながら歩いていると、昼に見た浮浪者がベンチでタバコを吸っていた。彼が体操しているところはよく見た事があったが、まさか喫煙者だとは思わなかったので、長生きしようとしてるくせにタバコを吸って死に急いでるのに腹が立った。意味がわからないので、僕は彼に長生きしたいのか早く死にたいのか聞くことにした。
「すみません。」
「はい。」
「えーっと、」
聞き方を考えていなかった。
「何?」
「あの、、タバコって体に悪いですよ。」
「あー、、。うん。たしかに言われてみればそうだな。でもこれは僕が僕のために吸っているわけじゃないんだ。」
「え?」
 「理学部棟の裏庭、行ったことある?」
「え、いや。」
「あそこに可哀想な男がうずくまっているんだ。彼は僕の友達なんだけど、僕は彼のためにこれを吸ってる。」
「えっと、、じゃあ結局あなたは何者なの?浮浪者ではないの?」
「浮浪者?違うよ。僕はここで働いてる。君も昔僕の授業を受けていたことがあるよ。」
「え、、。」
「まあ確かに浮浪者と思われてもしょうがない生活をしてるな私は。」
彼はずっと僕の目は見ないで話している。会話のちぐはぐさとそれが相まって終始不気味であった。恐怖で僕は動悸がして、自分から話しかけたことを後悔した。
「まあ、私のことが気になるなら彼に聞いてよ。」
「はい。」
僕が足早に立ち去ろうとすると、彼が引留めるように続けた。
「明日、午前11時45分からここで体操をするからきみも来ないかい?君くらいの歳の女の子も何人か来るよ。」
僕はいつも彼が体操をしているところを見ているので、女の子などいないことは知っていた。
しかし、早くその場から立ち去りたかったので適当に首を縦に振ってしまった。

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