見出し画像

【アドリブ小説(制限時間15分】      コーヒーみたいなもんありません

近くに新しくできたカフェに行った。カウンターの女子スタッフにホットコーヒーを注文すると、
「コーヒーみたいなもんありません」
と言われた。びっくりして、スマホから顔をあげると、たぶんまだ二十歳前後の、おそらく学生のバイトと思われる女子が、紙のような無表情でぼくを凝視していた。一瞬、聞き違えたのかと思って、もう一度、こわごわ、ホットコーヒーと口にすると、
「コーヒーみたいなもんありません」
 今度は絶対に聞き違えたはずはなかった。確かに彼女はそう言った。別に怒っているようすでもないのだが、相変わらず、どんな反論も寄せ付けませんと言いたげな鉄壁の無表情だった。
「あの、ここ、カフェ、ですよね」
「そうですが」
 あらためて見ると、アイドルとかでテレビに出ていてもおかしくのない、整った顔立ちをしているのに、あらゆる感情が排されているせいか、奇妙な具合に魅力が封じ込められている。ストーカー対策であえてそういうふうにふるまっているのかもしれない。
「カフェなのに、コーヒーないんですか」
「はい、コーヒーみたいなもんありません」
 さっきから気になっていた、どこかの方言なのか、「コーヒー」に枕詞のように添えられた「みたいなもん」というワードが、あたかも、ぼくが、とんでもない注文をしている雰囲気を醸し出していて、辟易した。
「じゃ、なにがあるんですか」
 彼女は、だまって、ぼくの目の下カウンターに貼り付けられたメニューを指さした。紅茶、ジンジャエール、ココア、抹茶、ミルク、バニラシェイク、その他、インドネシアやマニラのお茶という普通のカフェにはないものまで品目はバラエティに富んでいるのに、なぜか、コーヒーだけはなかった。しかたなく、ぼくはミルクティーを注文し、料金を支払い、窓際のテーブルに座り、パソコンで仕事を始めた。
 しばらくして、昼食を食べたあとの近くの会社の社員らしき人達がぞくぞくと店につめかけてきた。カウンターからは、彼女の「コーヒーみたいなもんありません」という言葉がなんどもくり返し聞こえてきた。そのたびに、「え?」とか「なんで?」とかいう声がしたが、彼女ががんとして「コーヒーみたいなもんありません」とくり返し続けた。
 三十分ほど仕事をして、カップを乗せたトレイをもどしにいった時、列の先頭の作業服の男が、ぼくのすぐ耳元で、「なんでや! なんでコーヒーないねん!」と絶叫し、ぼくの手のトレイからカップを取り上げ、カウンターの彼女に投げつけた。彼女はすばやく身をかわし、カップは背後の壁にぶつかって砕けた。大きな音とともに飛び散ってきた破片をよけながら、ぼくは、あわてて店を飛び出したのだった。
(了)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?