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フォーク並び

コンビニは昼どきのせいかかなり混んでいた。この近くには他に店がないのだ。棚の間をのびて奥の酒類のコーナーまで続いていた。コーヒーとサンドイッチを手に列に並んだ。しばらくして列が進み、ようやく次がおれの番、というところまで進み、ほっと溜息をついた。
すると、一人のスーツ姿の男があわただしく入って来て、ちょうど会計が終わって去った客と入れ替わりにレジの前に立ち、
「フランクフルトひとつ!」
と怒鳴った。
「すみません、列にお並び下さい」
女子大生のバイト風の店員がおずおずと言った。
「なんでだ! 空いてたじゃないか!」
 男は下卑た大声で彼女に食ってかかった。
「ちょっと、あんた、ちゃんと並びなさいよ」
見かねたおれは、男に言った。
「空いてたレジに行って何が悪い!」
 男は、おれに向かって怒鳴った。小太りの貧相な中年だ。普段、会社でも家でもコケにされてこういうところでしかストレスを発散できないみじめな人種に違いない。
「あのね、あんた、今どきどこでもフォーク並びは常識だろ」
「何? フォーク?」
 男は、奇妙に口を捻じ曲げて言った。フォーク並びも知らないらしい。面倒だったが、おれは男にフォーク並びについて説明した。男は、わかったようなわからないような顔でおれをにらんだが、動こうとはしない。頭に来ておれは言った。
「フォーク並びも知らないのか、いい年して」
「何がフォーク並びだ、そんな仕事に関係ないこと知るか」
「仕事に関係ないことなら知らなくていいのか」
「ああそうだよ、じゃあ、お前、法人税法の今年の改正点、説明できるか?」
「何だって?」
「できないだろ、どうせ、頭も使わない誰でもできる仕事してるんだろ。おれは税理士なんだよ。だからフォーク並びなんて知らなくていいんだよ!」
 男は、吐き捨てると、また店員に向き直った。
「フランクフルト早く!急いでるんだよ!」
 おれは、男の背後に立って、法人税法の改正点を事細かに説明してやった。男は青い顔でしばらくおれを凝視していたが、おれがあごでしゃくると、しぶしぶ列の最後尾に向かった。法人税法が専門の大学教授のおれに勝てるわけがないのに。バカなやつだ。
(了)


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