【第二章 物語を伝える場所】/双方向的なコミュニケーション
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❝我々は我々の歴史的身体の行為的直観において物を道具として有つ、その極限において世界が道具となる、世界が自己の身体の延長となる。❞
西田幾多郎「論理と生命」
妻のお墓が建ってから早5年が経った。
七回忌も終え、長男の孫も小学生になった。そして、「私は一人でも生きていける!」と鼻っ柱の強いことを言っていたしっかり娘にも、ついに良い伴侶が現れ、今年は彼女の結婚式が控えている。
先日、娘とそのパートナーが一緒にやってきて、式についてや今後の話をしていった。
「二人でお母さんの墓参りに行って、ちゃんと結婚の報告をしてきたから」と娘。
「そうか。母さん、びっくりしていたんじゃないか(笑)」
「どうかしらね。でも、きっと喜んでいたはずよ。だって、ねぇ」と、娘は婚約者に目配せをした。
彼は、娘の後を引き継いで話だした。
「僕たちが墓地に着いたたときは小雨が降っていたんですよ。それで、またあらためて出直そうかって話していたら、急にパーッと空が晴れてきて。
お墓にロウソクとお線香に火をともして、手を合わせていたら、今度は風が吹いて、なぁ!」
「そうなのよ。まるでお母さんが彼に挨拶したみたいだったのよ!陽がさらに照って、うちの墓のあの黒い墓碑に太陽の光が反射して、すごくキレイでね。きっとお母さん、彼と初対面だから、ちょっとキレイに見せたかったのかもしれないわ(笑)」
「風が吹いたとき、お線香の煙がふわっと揺れたの。その白蓮の香りと供えたばかりのカサブランカの香りに包まれて、お母さんが喜んでくれたような気がしたのよ」
♢
娘たちが帰った数日後、墓ありじいさんは妻のお墓に立ち寄ると、そこには彼女たちの喜びの報告の跡が残っていた。燃え尽きたロウソクと線香、枯れはじめたカサブランカの花びらが数枚散っている。
じいさんは、まるで自分の気持ちをそこに表されているように感じた。娘の幸せを願う喜びの気持ちを妻がここで見せたとするなら、今目の前にあるのは嫁に行く娘を送りだす寂しさを見せつけている。
「あぁ、そうさ。男親は寂しく感じるものだよ」と呟きながら、ひとり、娘たちの墓参りの後片付けをするのだった。
♢
吉報は続くものなのだろうか。
息子から久しぶりに連絡が入り、こう告げられた。
「実は、二人目ができたんだ」
「そうか!良かったな。おめでとう」
息子が言うには、弟妹が欲しい孫は妻のお墓参りのたびに、手を合わせながらお願いをしていたという。
「しかもさ、予定日が母さんの命日なんだよ!これは、絶対に母さんが応援してくれてた証拠じゃないかって、嫁と話しているんだ」
予定日はあくまで予定日だそうだが、これにはさすがの墓ありじいさんも鳥肌が立った。
そして明くる日、この喜びを誰かに伝えたくなり、墓なしじいさんの家へ遊びに行き、この話をした。
「なんと、そんなことがあるのかね~」と墓なしじいさんは苦笑いをしていたが、墓なしじいさんの妻はこういう話が好きなのか、話に混ざってきた。
「きっとそうよ!たとえ偶然だったとしても、そう信じていた方がいいわよ。安産祈願もお墓にしないとね」
ふと思い出したように、墓なしじいさんは最近みたというTVの話をしだした。
「そういえばこの間、TVでみたが、室内墓っていうのがあるらしいな。永代供養付きだから、継承者がなくても安心だし、室内だから墓そうじしなくても大丈夫らしい」
「枯れた花の後始末もしなくて良いのよ。こんなお墓なら、遠くにいるうちの子たちも負担に感じないわよね」と墓なしじいさんの妻は嬉しそうに言った。
帰り道、墓ありじいさんは、娘と娘婿の墓参りの話を思い出した。
雨が止み、陽が差し、一陣の風を感じた彼ら。
またその後、墓を片付けに行ったときに感じたじいさん自身の心境と枯れた花の関係。
『うちは今のところ、今の墓のあり方が家族の物語に合っているのだろうな』
じいさんはそう思った。
♢
妻の八回目の命日。
墓参りにやって来た墓ありじいさん。
「無事に明け方に生まれたと連絡があったよ。今度は女の子だ。ありがとう」
息子夫婦が予定日どおりに出産したことを墓前に報告して立ち上がったが、ふと思い出したようにもう一度しゃがみ込んで手を合わせた。
「娘たちもそろそろ欲しい頃だと思うから、頼むよ」
そう言ってお墓に目配せをすると、やさしい風が吹き、ロウソクの灯と線香の煙が揺れた。
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