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北海道紀行 参日目 羅臼編

さて、北海道三日目。2泊お世話になったゲストハウス、ボンズホームをあとにして向かったのは羅臼である。

知床横断道路からの景色は行き帰り共に曇っていたが素晴らしいものだった。バスを降り10分ほど歩くと道の駅に到着した。

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奥に見えるのが北方四島の一つ国後島である。少し前にロシア人が国後島から泳いで亡命してきたというニュースが報道された。ニュースを見た当時はそんな馬鹿なと思ったがこの距離ならば泳げるかもしれない、と思うほど近かった。島国生まれの私としては、あんなに近い島に日本人が行くことが出来ないというのが不思議な感覚である。

羅臼に来た目的はずばりホエールウォッチングであった。幼少期より何故かクジラやイルカが大好きで、高熱を出してうなされていた時もうわごとのように「イルカさん…」と呟いていたという。クジラをこの目で見ることはこの旅の大きな目的の一つであり、さらに言えば私の人生の目標の一つでもあった。ちなみに生まれ変わったら私はクジラになるつもりでいる。つまりクジラは私の人生の先輩(?)なのである。

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知床ネイチャークルーズさんの観光船、エバーグリーン号に乗り沖へ出発する。しかしここで問題が発生した。そういえばこの日は大学の前期の成績の発表だったのである。戻ってから見ることも考えたがどうにも気になる。成績が気になってクジラを見逃しでもしたら洒落にならない。きっと私もマッコウクジラと共に羅臼の海に沈みたくなってしまう。沖に出るまでに成績を見ることにした。

結果は撃沈だった。非常にまずい。4年で卒業の道が極めて厳しい状況に陥ってしまった。血の気が失せるというのはこういうことなのだろう。部活の同期よ、ごめんなさい。私は一緒に卒業式には出られそうにありません。絶望的な状況に笑うしかなくなっていた時、クルーズのガイドの方の声で一気に現実に引き戻された。少し遠くにイシイルカの群れが見えたのだ。イシイルカは日本の水族館では飼育されていないためあまり見ることがないイルカだそうだ。黒と白のカラーリングからシャチに間違われることもあるらしい。そこからはもうこのクルーズを楽しむことにした。後のことは後で考えればいい。

羅臼と国後島の間をクジラを探してクルーズしていく。この時期に見られるのはマッコウクジラとのことだった。マッコウクジラは1時間のうち7,8分ほどしか海面に上がってこない。その7,8分の間に呼吸を整えてまた深海まで潜っていくのだ。呼吸を整えているときに潮を噴き上げるため、その潮を目印に近づいていくとのことだった。クジラ自体は大きい丸太が浮かんでいるように見えるらしい。

3,40分ほどが経っただろうか。ガイドさんから前方にクジラがいるとの声がかかった。やっと見れる!胸を高鳴らせて指さされた方向を見るが何も見えない。かなり遠いので地平線を見る感じで、と言われ地平線上に目を凝らすと、一定のリズムで白い潮が吹きあがっているのがぼんやりと見えた。思っていたよりずっと遠かった。7,8分で潜ってしまうため船で急いで向かう。

結局その個体は到着する前に潜ってしまった。しかし近くにまた別のマッコウクジラが現れた。

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かなりわかりづらいが、これがマッコウクジラの頭の部分だ。マッコウクジラは頭がかなり大きく四角い、特徴的な形をしている。普段家の模型で見慣れた四角い頭を見た瞬間、形容できない喜びと達成感が込み上げてきた。自分でも驚くほど嬉しかった。心臓がこれまでにないくらい動いているのがわかった。たまたま入ったカフェに草刈正雄がいた時だってこんなにドキドキしなかった。初めて彼氏ができた時だってこんなに胸は高鳴らなかった。これが初恋のような気さえした。ずっと前から知っていたのに。ずっと前から憧れてきたのに。様々な感情がぐるぐると渦巻いて、ああ、私はクジラが好きなんだ、という気持ちだけがストンと胸に落ちてきてなじんだ。頭のてっぺんからつま先までじんわりと温かい満足感に包まれた。

人目がなければ確実に発狂していた、身に余るクソデカ感情を必死で腹に押し込めてガイドさんの話を聞く。どうやらあの頭はクルーザーの音に驚いて周りを確認しているところらしい。頭を出すのは珍しいですよ、と教えてくれた。

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手元にある写真で一番クジラの体が写っているのがこの写真だった。右が頭の先の方で、白いもやのようなところが潮を吹いているところである。このマッコウクジラは寝ているところだったらしく、一通り周りを確認すると船の近くにも関わらずもう一度寝始めたようだった。おかげでかなり近くで心ゆくまでマッコウクジラを堪能できた。私はクジラを愛しクジラに愛された女だと感じた。

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マッコウクジラを見終わって、帰る途中今度はツチクジラの群れに遭遇した。何頭かジャンプもしていた。マッコウクジラはほとんど海面に浮かんでいるだけだったので、クジラらしい姿を見れてまたも気分が高揚する。20頭ほどの群れだったらしい。この数のツチクジラを見たのは初めてだとガイドさんが言っていた。私はかなり運が良かったようだ。

行きにも見たイシイルカに見送られながら沖をあとにする。私の中に残っていたのは謎の全能感だった。世界には2種類の人間しかいないと思った。マッコウクジラを間近で見たことのある人間とそうじゃない人間。私は今日前者になったのだ。落単がなんだ、後期は一つも単位を落とす気がしないと思った。なにせ私はクジラを愛しクジラに愛された女なんだ。

上記のような怪文を友人知人に送り付け、一通り満足して私は宿に向かった。今夜の宿は知床サライ。この旅で唯一夕食朝食付きの宿だ。

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羅臼らしい、昆布がふんだんに使われた料理だった。コースのように出てくる料理を一人で食べるのは初めてだったのでかなり緊張したが、シェフらしき男性が気さくに話しかけてくださり、楽しい夕食となった。もちろん、どの料理も絶品だった。特に昆布を使用したパンが絶品で、この後メインディッシュが来ると分かっていても何度もおかわりしたくなる味だった。

9月のクジラの目撃率は60%ほどだと聞いていたので意識的にあまり期待しないようにしていたが、実際はかなりクジラ充な1日になった。きっと日ごろの行いがいいからだろうと思いながら眠りについた。4日目は知床をあとにして次の目的地へ行くために網走まで移動する。

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