昨日の出来事

「マッチングアプリで付き合い始めるの、どう思う?」
「んー僕はあんまりいいと思わんかな」
「私もそう思う…ちなみに何で?」
「普通に出会うにしろナンパにしろ、賭けに負けるリスクがある中でアタックするわけやん。マッチングアプリはそれを回避する、遠距離攻撃やろ?」
「遠距離…笑。ゲームみたいな話やな。確かにちょっとずるいよな」
「やろ?」
「でもそれって、〇〇先輩とか〇〇君の事ディスってることになんで笑」
「それは…笑、〇〇君はええけど先輩はちょっと事情が違うと思ってる」
「〇〇君はいいんかい笑。事情って?」
「いや、僕らも含め、この年になったらそろそろもう出会いが無いのよ、オトコは。焦りがあるのは判らんでもないから、その点マッチングアプリを使うのは理にかなうよね。」
「なるほどねー。なんか、私はカノジョができたっていうのが欲しいんちゃうかなと思ってた。誰でもいいからカノジョが欲しいっていう。」
「あーそういうキモチもあると思う。実績解除的な。」
「またゲームみたいな…笑。やっぱりそうやんな、それはちょっと嫌やわ。」
「でしょ?〇〇先輩は二人目じゃないん?」
「いや一人目。」
「まじか、じゃあやっぱ焦りかな。〇〇君はマッチングアプリが二人目やろ。」
「うん。寂しかったんかな。」
「まぁ…わからんでもないけど。」
「××君はどうなん、カノジョ欲しいん?使わんの?」
「使わん使わん。僕はほんとに好きになった人しか…無理だわ。」
「へぇー!じゃ、この間の言ってたあのコはどうなったん??」
「え…?あーあのコはね…


「となり、若いな」
「そうだね」
隣のテーブルの話に聞き入ってた僕らの開口一番がこれだ。なぜこんなにも騒がしい店内で、隣の話が聞けるかって…それは僕らが沈黙してたからだ。
若い。彼らは若い。恋愛という、味のしないガムをまだかみ続けている。それが若い。
「明日3時から混練やわ」
「あー僕もNMR取らないと…てか明日ゼミやろ?」
「あ!忘れてたわイヤホンだけ繋いで聞いとくわ」
「また壊すなよ、装置」
「私をなんやと思ってんねん」
僕らのテーブルも、学問という、味のしない水をひたすらに浴びていた。しかし学問は心身を潤す。彼らとは違う。

電車でこれを書きながら、隣のあの若いオトコについて考えている。「本当に好きになった人しか無理」いいぞ、僕は大賛成だ。僕もそう思う。頑張れよ。あとその紫の変なスマホケース、どこで売ってるんや。

いや、当の僕は、まだ味のあるうちにガムを捨てた弱虫だ。なにを偉そうなことを…。
駅を出て寒空に思う。

「誰か僕のこと、好きになってくれんかね」

マッチングアプリよりも酷い他人任せ、明日に帰る終電の一本前。

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