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ノンフィクション:「朝寝」

朝方、4時過ぎに目が覚めた。猫が心配して、片足を私の胸に置いて、みゃあ、みゃあ、と鳴きながら、不安そうに私の顔を覗き込んでいた。
「んっ」
と起き上がると、先ず、猫は安心した様子だったが、彼の前脚はいまだに私の身体にあった。

見廻すと、自室から続く他の部屋中の電気がつけ放してあった。朝日の鈍い光が入り始めたキッチンの窓辺、そして、視線を移すと、ベッド上にいつもと反対の方向に寝ていた事に気が付いた。

―こんなにつけっぱなしで、寝ちゃったのか。
自分でそう思いつつ、よいしょ、と痛む脚を引きずりつつ、キッチンダイニングの電気を消し、風呂場の電気を消し、自室の電気を消した。段々明るくはなって行くが、未だ薄暗い感じの朝方だ。エアコンが効いていて、寒いくらいだった。

トイレの後に部屋に帰ると、膝は痛むが、脚の腫れが少し少なくなっていた事を自覚し、と同時に、自分で携帯を身体の横に電源なしで転がらせていたのを見つけた。カバンや着替えが雑然と置いてあった。謂わば、帰って来た時のまま。

自分の混乱は認知症などの混乱とは違い、深い眠りで寝起きの状態で、自分が前の晩に何をしていたか、すぐに記憶から呼び起せない、感覚のそれだった。

―…あぁ、そうか。
実は、ベッドで微睡(うたたね)から本寝入り になってしまったらしい事に、新たに気が付いて、時計を見て、驚いた。
ーよ、4時…。何時に寝たんだっけ。
何しろ、疲れていた。

日記帳代わりのブログで簡単にその日の事を書いて、YouTube配信などを観ながら、ウトウトしてしまい、もう寝よう、と言う事で、PCを消し、自室に戻り、ベッドで寝る用意をしながら、本当にだるくて軽く横になり、隣に入って来た猫の頭を撫でながら、リラックスし…  寝てしまったようだ。私が寝ると、安心した猫は何処かベッド横の彼の場所へ行き、一人で眠るらしい。ベッドで寝ざめると、いつも私は一人だったが、今朝は、猫が私の様子を慮(おもんばか)ったのであろう。

本業以外で生活費を助ける為に始めた副職の一つは、全く本業でやらない事をやろうと決めていた。

だから、日ごろ、経験のない仕事を請負えるモノをしている。内の一つが、所謂「肉体労働」のバイトだ。コレが、妙に自分にあっていて、クタクタになって疲れるのにも関わらず、辞める気がしない。

男女の同業者で慣れている人になると、彼らは共にこの手の仕事に馴れていて、何かと教えて下さる。上下関係は厳しいし、楽しい事などない仕事なのだが、何故か、賃金が低くても、妙に楽しく感じる。

何より自分に責任感がなく出来る仕事だ。勿論、自分でやる仕事の一部が適宜キチンと出来ていなければ、「この製品を受け取るお客様の為に」先輩からアレコレ口酸っぱく謂われるのは同じだが、今の職場に無い、「全員が平等で」且つ、「全員が基本的に無責任でいられてお金が戴ける」仕事だった。

自分のする仕事の場所と頻度をほぼ自分で勝手に決める事が出来、給料は低いが身体があれば、やらせてくれた。副職組が増えたせいか、私の様に週一で働く人たちが増えている職場だ。週一で会う同僚は、自分と等しく無責任で、重要な話もしない。とっても楽なのだ。

但し、私は右膝の鵞足筋を一昨年に打撲して近所の男性とレース走行中に大転倒して、全治3か月の怪我を負い、そのせいで膝に後遺症があり、走行が出来ない状態だけなく、無理をすると、患部が痛んだ。

そこで、重いモノを担ぐ仕事は無理だった。簡単な箱作りやテープ張りなどで先輩のアドバイスを聴きながら、最長で7時間、仕事をする。タフな若い男性になると、13時間は立ちっぱなしで平気な顔で仕事をしているが、私には精々6時間で身体が音を上げる。男性は皆、弱い立場の女性に親切で、色々と教えてくれる。

長い間の立ち仕事は、私の膝に酷く響いた。

亡母が見たら、「よしなさいよ」、と叱られるだろう。亡父が見たら、「おぉ、頑張れよ」と言うだろう。男と女の違いだろうか。

仕事に行く時は鼻歌交じりで行くが、帰りがけは、大びっこを引きながら、何処かのおばあちゃんの様な足取りで帰宅した。

昨日の土曜もそんな仕事だった。

仕事の番待ちの待機時間があったので、特に長い時間だった。歩きと立ち仕事が多いので古傷の膝に響き、帰りはひょこひょこ、フラフラしながら歩き、帰りはもう脱力感と疲れで倒れそうだった。立てば、膝から下が痛み、座れば膝のかしらが痛んだ。電車では座れたが、それでも眠ったり出来なかった。

自宅に帰り着くと、欲求不満の猫が縋りついて来て、放してくれない。
抱き着いたり、にゃあみゃあ話しかけて来るので、余程寂しかったのだろう。こう言う事があると、私はいつも返事をしてやる。聴いてるよ、それで?という体(てい)で、話しを聴いてやる。いつもなら、コレが快く出来るところが、昨夜は疲れが激しくて立ち上がる事も、話しを聴く事も出来なかった。愛猫の甘える鳴き声がうるさく感じた。

汗まみれの服を脱いで、シャワーでも浴びたいが、シャワーで立ち続けないといけないので少し休みたかった。テレビも煩わしいので消して、猫の独り言を「うん、うん、ちょっと待ってね」、と言いながらごまかしていた。妙にシツコクみゃあみゃあうるさいので、よく見てみると、水が足りないのと、キャットフードもなくなっていたので、罪悪感で一杯になった。「ごめんね」と言いながら、やっと立ち上がって、フードトレイを取り換え、水をきれいにしてやった。

自分の夕飯を電子レンジで温めて食べ、YouTube配信をラジオの様にして聴いたあたりで、気分的にリラックス、やっと落ち着いてきた。猫を膝にのせて、「マミィね、働いたから、脚が痛いのよ」、と言うと、膝を一瞥、直ぐになめてくれた。

ウチの賢い猫はあくまで私を癒すためだけに生きている。

来週からまた、本業では、新たに形成した本社サービスのお客様サービスについて、難しい話を部長相手に提案したり、相談したりしなければならない。思ったより業務責任が重い仕事で、今後はコレを毎日のようにやっていくんだ、と自覚したあたりでストレスを感じたものだ。部長は私を矢鱈と見込んでいる。この期待感が、凄く重い事がある。

副職のバイトは、こういうストレスを考えずに済む、ちょっとした好い時間だろう。然も、お金も貰える。そのストレスを、週一で肉体を虐める事で、身体を疲れさせて忘れさせているのだろうか、と言うのが、自分なりの分析だ。

物思いとさらに微睡を経て、6時頃には完全に目が覚めてしまった。
「さて、起きるか」
とアイスカフェオレを作ってキッチンで酢飯を作った。

猫がみゃあみゃあ云いながら、まだ私の顔を仰ぎながら、私の足下について歩く。
「心配かな?大丈夫よ、ちょっとぼぅっとしていただけよ」
愛おしい猫の頭を撫でてやった。猫は私をジィっと見ていた。






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