🚔或る殺人🚓

§１．はじまり

それは、或る暖冬の夕方だった。秋津駅改札の前には交番があり、改札から向かって、真っ直ぐの駅前大通を行くと、駅からも見える大きな森がある。森林の中頃に、背の高い杉の木があった。杉の木は頭が一つ分背が高く、奥なのに、目立つので、この公園は住民に「杉の木公園」と呼ばれていた。その杉の木公園にパトカーがたくさん停まり、県警の科捜バスと捜査一課の刑事が使用車などを乗り付けて駐車していた。その近くに若い警官がいて、黄色いテープを周囲に装着していた。その周りには続々と公園の中で捜査員が集合して捜査開始していた。

この森は秋津町森林公園で、駅に向かって、出入り口が開いている。
死んだ魚の口の様にあんぐりと開いた出入口で、特に門扉もついていないから、森林公園で入り口で何かあると、開放された場所の感覚が強かった。今夕はその公園が見るからにそれとわかる、警察の人間でひしめいていた。

この公園で事件が有れば、目撃者は多く、例え、殺人事件が発生しようと、駅前と、この公園出入り口に配置された防犯カメラにくっきりと写り、犯人の顔もハッキリ分かるか、目撃した誰かが110番を架けた。交番と県警では、この公園周辺は事件が起こってもその当事者の検挙率は高い、と言う認識がある。駅から朝、晩に出勤、帰宅者の数があり、皆、大通りを歩いて何処かの角で曲がった先にアパートや住宅が並んでいた。帰宅するサラリーマンやOLが、こちらを覗き込んで足早に通り過ぎた。

被害者の高原恵子たかはらけいこは、17歳だった。駅前交番の後ろにある、秋津女子高校に通っていた。この公園の出入り口の真ん中で恵子は秋津女子高の制服のまま、上向きに倒れて、死んでいた。服装に乱れはなく、ただ、頸に絞めた跡が赤く残っていた。

発見したのは、母親の由美子で、警察への第一報で、恵子がなかなか帰宅せず、探して歩いていた、と泣きながら言った。いわゆる第一報で地域署の警察官が公園で母親と合流した際にはとにかく半狂乱だった。直後に機動捜査隊が到着、死体確認後に事件が開始となって、機捜が手順通り、事件認証し、科捜に検死医の捜査臨場を依頼し、所轄科捜と第一課が報告管理手順を進め、今に至る。

高原由美子たかはらゆみこは、この辺の賃貸や家屋の紹介や売買をする高原悦志たかはらえつしの妻で、機動捜査隊員のパトカーの中で泣きながら夫に連絡し、機動捜査隊に命令されて地域署の警察官がパトカーに保護し、そのパトカーの後部座席に座って、泣いていた。高原悦志は豪農地主の出身で地域署長に影響力を持っていた。

暫く、捜査官が来るのを待っていると、県警捜査一課の黒い車が科捜のバスと一緒にやってきた。もう夜も更け始めていた

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「お疲れさん、今日はどうした？」
雨宮明良あまみや あきら第一課 警部が黒い車から降りて傍で緊張して敬礼する若い警察官に尋ねた。

上下の差なくさり気なく周囲に話しかけるのが雨宮警部の癖だ。若い警察官は、黄色の立ち入り禁止テープを警部殿の背より高く上げてやり、警部は礼を言ってテープ内に入った。テープ外にはもう今頃になるとかなり人込みが出来ていた。
「はっ、お疲れ様でございます。はっ、殺人と思われる案件であります」
「ガイシャは何処かな」
「あちらであります」
若い警察官が指さした先には、科捜が死体の周囲確認（足跡や地面についている初歩的化学的証拠を検証）し、被害者の死亡確認を後から合流した近くの医大から来た検死医が臨場後の確認に入る所だった。
「あぁ、あぁ、そうか。あのさ、悪いんだけど…」、
と雨宮は若い警察官に耳打ちした。
「見物人を遠ざけてくれるか」
雨宮警部はニッコリして、最敬礼する若い警官の肩を叩いて、礼を言いながら、見物人の人込みを指さして言った。
「も少し外へ出してくんねぇかな」
「ハッ」
警官は最敬礼して早速その仕事に懸った。

自分より若い私服刑事が雨宮を見つけて、寄ってきた。
「警部、お疲れ様です」
「おぉ、イチか」
警部補佐の市ヶ谷昌平いちがやしょうへいは、市谷を深く信頼し、あらゆる人に礼を以て対応する雨宮を尊敬し、雨宮に口答えをした事がなかった。アメイチ、とコンビにあだ名をつける一課捜査員もいる程、二人は相性が合い、検挙率が良かった。

市ヶ谷は、雨宮が着くおよそ一時間前から人員配置からおよそ必要な準備をすべて対応済だった。雨宮の肩に 届くか届かないかの身長で、身体は大きく、脚は短足だが大きな肩掛けバッグを身体に架けて、一緒に歩く相手の歩調に合わせるので、市川と歩く人物は、気持ちよく、自分のペースで歩けた。話は聴き上手で、ユーモアがあり、話しやすく、どんな目撃者、証人、被疑者であろうとも、彼が落とせない対象はなかった。子供には好かれ、年上の人物からは気取りがなくて好かれた。年齢は雨宮より数年しただが、若い顔つきで、大きな全身的イメージがおにぎりのようで、歩く時に右足に重心を置いて、少し引きずって歩いた。

市ヶ谷は、若い警官がパトカーに待たせていた、被害者の母親が窓からこちら方向に目を凝らしているのを何気なく二重顎で指し、
「泣き止んだみたいですね。お母さん。気の毒です。一人娘だそうですよ」
雨宮は頷いた。

待って暫くすると、帝塔医大の検死医、坂藤修二さかとうしゅうじが近づいてきた。
「よぉ、雨宮さん」
「先生」
雨宮が頭を軽く下げたところで市ヶ谷も一歩テンポを遅らせ一緒に頭をさげて謂った。
「お疲れ様です」
「おぉ、イチさん。首を絞められた跡が明確に頚に残ってるねぇ。後で絞め道具を調べてあげるよ」
「有難うございます」
「あぁ、まだ高校生だってさ。こう言うのが一番、やり切れねぇよな」
手袋を外して、
「じゃ、またあとでな、明朝には解剖の結果確認が出来そうだ」、
と深々頭を下げて挨拶する市ヶ谷に坂藤は言い残して、着た時に乗ってきた運転手付きの検死担当の乗る黒い車で帰って行った。

（つづく）

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このストーリーに出て来る登場人物は作者の想像の賜物であり、現実の世界に存在する誰でもありません。