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凪 (フィクション>短編)

§ 2.灼熱

雷豪雨の翌日は、昨夜の雨が嘘のような灼熱地獄の様な夏の日差しだった。日差しの横からセミの鳴く声でうんざり、と暑さに辟易した声で、嗣芙海ひでふみ
「まぁ、毎年、良く暑くなるよな」
と、額に浮かぶ汗をタオルハンケチで拭きながら、誰ともなく呟いた。
今日は、確か、商店街のラヂオ屋、という名前の家庭電器店の主人で「ラヂオ屋グループ」を経営する、佐々木孝信氏と会う予定だ。寵子ちょうこと住むアパートメントハウスの窓から外を眺めるだけで、外気の40℃近い熱射の様な日差しを浴びて、むあっ、とする暑さに辟易していた。

元々電気工だった佐々木氏の経営する「ラヂオ屋」は、掃除機から洗濯機まで、電気製品に特化して安くリサイクルする店だ。新品だと高すぎるが、適当に点検されたリサイクル店の掃除機より軽く5年以上は持てるくらいきちんと整備されている事で、近隣の好評を貰っており、インターネット販売でも対応し、送料も安くしてやり、近隣住民から遠路の客まで客受けが良く、繁盛していた。ケーブル放送でCMもやっており、最近、隣町にたまたま移転予定の電気製品店の物件があり、佐々木の決断でその店舗を購入、妹の婿の名前で経営させる事となり、第二号店を開くことにした。

まだ使える中古製品を安く仕入れ、きちんと整備し直し、売り直す。隣町支店、「ラヂオ屋第二号店」は佐々木氏の義弟、林秀房氏が経営する事となり、目下、鋭意開店準備中である。今日は一代目のラヂオ屋を経営する佐々木社長本人と会う予定だった。

嗣芙海は、地元名士で大クライアントの鳳に紹介された佐々木氏の希望により、ラヂオ屋二店舗の収入利益、帳簿情報や製品販売率の理解の為に、ラヂオ屋の特別なPOS店頭販売機器の開発とPOS機器の設備管理のプロジェクトを依頼されていた。

POSポイントオブセールとは、小売店のレジに行くとよく見られる、バーコードで記載されている価格や商品情報の詳細を自動的に読み取る機械だ。コレさえあれば、客の会計時に手渡すレシートと店舗側の経理用の帳簿に転記する必要が無くなり、便利なので、今ではどの店舗でも、PCを使う店舗では、POSを使う。

POSには、手でバーコードリーダを持つ形式と、レジ機械で直接コードをかざして読み取る方式の二つがあり、どんなエンジニアでもこの手の小売り経営支援の機器設定からデザインまで、2010年前後から大小のプロジェクトがゾロゾロと、たくさん入って来たものだ。

嗣芙海も、過去に官民の入札プロジェクトで、二、三件の同様プロジェクトを担当した事があって、PMをやった事があったので、慣れていた。

今日は、そのPOSプロジェクトを開始する為に打合せ傍ら、幼馴染で行政書士の佐藤に作ってもらった「事業及びNDA機密保持合意を兼ねた契約書」を一通、佐々木氏に持って行って見て頂き、問題なければ押印して貰う事になっていた。

商店街は、寵子と住んでいるアパートメントハウスの前の風来坂を下りた先で、歩くと1.5㎞程あまり先で、駅の近くだ。駅までてくてく歩く上に、道なりに入組んだ商店街の端まで徒歩なので、男の速足で、30分は懸る。だから、嗣芙海は、今日は自分が車で行く、と事前に寵子に言ってあった。この灼熱炎天下、どんな人間でもトロケちまう、ウチの嫁さんには行かせられない、と嗣芙海は舌打ちしていた。

本来なら、ココまで暑くなければ、散歩がてら穏やかに歩くところだが、何しろ今日は熱波が激しく、寵子も具合が悪く、青い顔をして血圧の上下が激しいので、このところ、リモートで自宅から嗣芙海専用のPSO/PMOとして嗣芙海をサポートしていた。

本来なら、サポート役の寵子が書類を持っていくと良かったのだが、嗣芙海は寵子を倒れさせたら大変だ、と思っていたので、
「あぁ、好い、好い、俺が行く。佐々木社長は俺の顔を見れば安心するし、とにかく、この暑い日差しの中で車でサーッと行って、サーっと帰って来るから」、
と寵子に話してあった。

午前10時半に商店街の端にある、ラヂオ屋本店の裏口のドアをノックしながら、
「こんにちはぁ~」
と声を架けつつ扉を開けると、佐々木の妻の良子さんが応えた。
互いに挨拶して、嗣芙海が良子さんに書類を見せ、コレに署名を戴くことになっておりまして、と言うと、
「あ、督葉羅さん、おはようございます。ええ、ええ。お聞きしています。すみませんでしたね、ご足労戴いて、暑い中。今、冷たいものをね。佐々木、此方におりますので」
と裏口の奥側の小さなオフィスに連れて行ってくれた。

佐々木孝信は、見るからに育ちの良さそうな真面目そうな四角い顔と、四角い黒縁のメガネ、黒々とした髪の毛を持つ、大柄な40歳前後の男だった。
始めに会った時から、ドラえもんの主人公ののび太君を仇のジャイアン並みに大きく伸ばした感じの男だった。眼鏡の奥のくりくりした瞳は、修理品を見ると輝く電気工エンジニアのソレだった。大柄な割に手先が器用で気が弱く、人が良く、何事も丁寧でしっかりした長男坊だった。

ニコニコと椅子に座らせてくれた孝信のオフィスには、裏ドア側の扉と、正面の店舗側の二つのドアがあり、店舗側は扉が開け放してあった。店長室から、客が来たらすぐに対応出来るように見えていた。

佐々木が嗣芙海と会って話をしているホンの五分程で、良子さんが冷たい麦茶と冷たいおしぼりをくれた。契約書類を佐々木に渡して佐々木が中を読んで押印をしている間に嗣芙海はクーラーのかかったオフィスと、もう一つの扉の先の店内をボッ―とみていた。

「―奥さんはどうですか。ウチの母さんが、似たような高血圧でね」
と佐々木が丁寧に押印しながら話し始めた。中身は良かったのか、質問もなく、さっそく押印に懸っている。

寵子の具合が良かったり悪かったりするので、情報として寵子の病気については鳳に話してあり、鳳は嗣芙海の許可を得て佐々木義兄弟にも情報として話してあった。
「あ、鳳さんからお聴きしています。有難うございます。今日の様な日は、今ひとつですが、大体、専門医の治療受けてるので、調子はまぁまぁですかね。変わらずって感じ、です」
「あぁ、そうか、その日の天候や温度で体調も変わるからね」
「はい」
佐々木がきれいに署名して押印し、割り印した契約書の一枚を嗣芙海に渡した。
「じゃ、コレね。それじゃ、今後とも、宜しくお願いします」
真面目に最敬礼した。
嗣芙海も丁寧に最敬礼した。このプロジェクトは新たな開発プロジェクトであり、結構な資金を戴けていた。
「はい。本当に有難うございます。早速ですが、来週に入りましたら、プロジェクト担当者を連れてきます。日程をメールしますね」
ニコニコしながら、佐々木が言った。
「あぁ、お願いしますよ。僕には機械しかわからないので」

嗣芙海はこの契約書の二枚のうち一枚を押戴いて、文房具屋で帰りにコピーをさせて貰い、自分のカバンのファイルに入れた。

文房具屋の裏の駐車場で寵子に電話して契約書にサインを貰い、旦那さんからお見舞いのお言葉を戴いた、と話した。寵子は嬉しそうに高い声で応じた。

黄金に輝く日差しの直下を避けて、日蔭を歩いて、コンビニで買い物をして駐車場の車まで行った。その間、蝉の声がずっと続いて聴こえた。いつになったら秋になるやら、と駅の方向を見て、嗣芙海は車に乗った。

(つづく)

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