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【二人のアルバム~逢瀬㉓~遷ろい~】(フィクション>短編)

§ 1.  変化変容

「おはよう」
「おはようございます、随分早いわね」
「金木犀、三度咲きだってさ」
「まぁ、ホントに?暖かいしね、最近」

瑠衣の葬式から、時間が経過していた。
彼女は彼、彼の父と一緒に自宅に帰宅した。帰宅する前の状態で、ひと月程、彼が彼の父を一緒に連れて帰る旨を共有されたが、彼女は彼に快諾した。また、彼のコピーの様な彼の父が大好きだった。

葬式の後、彼の実家では、突然、恐ろしく劇的なスピードで、幸子が認知症状を見せていた。突然の幸子の変貌ぶりは、彼の父からは、見るに堪えない状態で、彼は、彼の父が嘆く姿を見たくなかった。瑠衣が亡くなり、自分の護るべきものを失くし、彼の父とは、結婚した間柄ではあったけれど、どんなにもがいても、美倭子は幸子には似ても似つかなかった。美倭子を心から愛した彼の父は、美倭子の思い出や古い服、家具などを幸子に使わせず、すべて新しいモノにしてやったが、彼女にそれら美倭子のモノをお古として渡すなどを幸子の前で繰り返す彼の父に、幸子は焼餅をやいた。

明子から彼の携帯に報告が入り、大塚の依頼で、幸子は、近隣の病院に緊急入院した。彼の父は既に大塚と連絡を取り、大塚の報告で幸子の状態は話してあったらしい。

彼も、直接的に幸子の症状を知らないではないらしかった。たまに実家へ行くと、生傷が絶えない様子の父に訳を尋ねて、分かった事らしい。最初は秘密にしていたが、秘密に仕切れない程、幸子は、混乱が継続していた。その間、突然感情が爆発して、彼の父が傍にいれば、彼の父を殴りつけるらしい。

幸子はモノを持って殴るので、危ないし、止めろと言って止める事など、認知患者には出来ない事だ。彼は彼の父を思いやって余りある為、自分の彼女との自宅に父を連れ帰った。

彼女が当家の嫁に入った直後は、数日多忙で、彼が彼女を連れて嫁入りしただけで、『でた事』の儀で、白無垢を着るなど、嫁としての一番最初の仕事で皆に挨拶するくらいしか出来なかったし、使用人は誰も彼女に期待していなかった。

彼女も、手が空いたからと言って、総本館に直接何度も勝手に足を上げるような事はなかった。

彼と彼女が本館を出たのは、丁度幸子が大塚の希望で、入院する前日だったらしい。

彼の父に彼が訊いたところ、幸子は、瑠衣が倒れてから以前以上に手が早く出る様になり、モノで彼の父を殴っていたと言う。彼の父の眉間や頭に切り傷があった。

§ 2.  再会

彼の父は彼の許で、その夜、深い眠りに落ちた。鼾さえ聴こえる程、安眠をしていた。深い眠りは、幸子の暴力のせいで、身体の傷や心の傷を癒していた。

翌週、彼の依頼で、彼女が彼の父を連れて知っている心療医を訪ねたところ、|PTSD《心的外傷後ストレス障害》と思われるとの事だった。傷がどう癒え様が、幸子が叫んだ言葉や、その際に殴られた瞬間の記憶がカメラの連続シャッターの様に続いて彼の父の頭の中に繰り返されているのだ、と医師は、彼女に言った。

彼は彼女を通して管理会社の間波磔まばたきさんに依頼して、自分が持ってるオフィス物件の横に、物置にしていた、オフィスの利用者が使える様になっている、仮眠用の小さなベッドルームを、彼女に依頼して新しいマットレスやタオルを配置させ、父に暫し使わせてやった。間波磔さんは礼儀正しく父に接し、父は喜んでくれた。

こうする事で、父は彼と彼女の愛の巣を邪魔している、と言う様な感覚が少なくなるし、オフィス物件は夜は空なので、静けさに深い眠りを期待出来た。

ただ、アンマリにも空っぽな箇所なので、彼は間波磔さんに頼んで父がいる事もあるし、夜警を依頼し、オフィス物件のほかのオーナーたちが雇っている夜警会社を依頼して、防犯の為、一人、夜の見回りや、警備作業を依頼した。彼の父はよくこの夜警の担当と気があったらしく、夜の見回りの後に将棋をしに来たりする様になった。

そんな時に、前の会社で彼に長きに亘って親しくしてくれていた部下の三条が連絡してきた。

三条は、会社を辞めたばかりだ、と彼に話した。

退社したとは、何て事だ、まだ引退の年齢ではないのに、と彼は驚いた。彼女は、彼からそれを聴き、彼同様、驚いた。彼女は彼に、
「若し三条さんが嫌がらなければ、旨く仕事に繋げられると良いわね」、
と言った。彼も丁度そう思っていた。
「さすが俺のミューズ」、
と彼は思った。

三条は、温厚で、且つ、我慢強く、よく働く、ちょっと大塚を思わせる、謹厳実直な男だった。会社にとって、こんな男は捨てるべき人材ではなかった筈だ。何で、会社が三条を辞めさせたのか、理由が彼と彼女には分かりかねた。

三条は、真面目で、会社の金を胡麻化す前副社長の様な真似はしなかった。黒ぶちのメガネをかけて、ふっくら餅を思わせる、やわらかい外見は、厳格な性格を上手にカバーしていた。真っ直ぐな物事が三条の好きなモノで、曲がった事は嫌いだったが、頑固に自分の非を認めない人間ではなかった。

三条は人徳があり、素直で穏やかだった。仕事もそれなりにキッチリする三条は、使わねば損、とプロジェクトを融資している事業側が思うような人物だった。彼は三条を不憫に思ったりする前に、先に今動いているプロジェクトに使えないか、と考えていた。

彼女は、
「三条さんが生き生き働けるプロジェクトがあればいいのに、ね」
と含み笑いした。彼が同様の事を考えているのが見えたからだ。

彼は、今、動いているコンサル対象が社内外で募集を架けているプロジェクトマネージャに三条がピッタリだと思った。三条が本当に、前社を辞めてしまったのであれば、三条さえよければ、推薦するが、どうだ、と話してみた。

たまたま動いているプロジェクトにおいて、プロジェクトを作り出したコンサル管理がクライアントに直接推薦すれば、三条はPMに、ものの見事にはまるだろう。

あとは三条が、やる気があって、興味があるか、無いか、きちんと仕事をやって行く意思があるか、無いか、と言うところである、と三条に話した。

「で、さ。そこんところを詰めて話したいから、今夜、俺んちに来ない?」
「俺んち」は、「彼女んち」だったが、彼にとってみれば、同じことだった。

今夜は父が将棋大会の知り合いの家にお呼ばれされた日だった。彼は彼女に料理や掃除、父のケアを任せっきりだったので、今日だけは料理させるつもりはなかった。

彼女に、
「三条が来るなら、以前から彼女がこの会社の兄弟企業で働いていた頃からの知り合いでもあるワケだし、3人で楽しく呑んで喰ってしないか」、
と誘いを架け、三条も彼女も喜んで賛成した。久しぶりに自宅から数分の結構美味いフレンチで予約して、その後は自宅近くの和風呑み屋で呑んで、話をする為に旨く自宅へ三条を連れて行こう、と彼が時間を予約して三条に申し送った。

彼女は気を利かせて管理会社の間波磔さんに、彼の父が使っているオフィスの隣のモデルルームを客部屋で使えるか、訊いてみた。

モデルルームは彼が小さいとはいえ、売り出したばかりのオフィス物件を買ったので、もう使う予定がないと言い、幾らでもお使いいただいて大丈夫ですよ、と言った。三条が酔っぱらったら、ここで寝かせて、必要なら、事業の細かい情報や面接なども、PCを此処に運ばせてやれば早々に話は決まる、と思ったので彼に訊いて、彼が賛成したので間波磔さんにモデルルームを三条の為に予約した。

(つづく)






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