そう。今夜は満月の夜。月明かりの中、暗い夜道を歩いて仕事から帰宅の途についた事がある人、多いのではないか。
満月の夜は、海外でもとてもロマンチックな夜として歌曲がたくさん作られている。また、同時に、月夜に踊り狂いながら、グッドタイムを迎える人々も多い。要するに、パーティナイトなのだ(笑)。
アメリカにいた頃、金曜の満月の夜に、ゲイの隣人がボーイフレンドを連れてクラブへ行く際に、日本人を連れて行くと面白いだろう、と言うので友人の女の子と私の二人をゲイクラブの音楽スタジオに連れて行って、午前3時まで踊り捲った事がある(笑)。翌日、筋肉痛で起きることが出来なかった(笑)。
私はゲイではないのでボーイフレンドでも作れる普通のスタジオを希望したけど、ゲイの二人が嫌がり、ゲイクラブのスタジオで一晩騒いだ。今みたいな時代と違って、人種が違おうと何が違おうとみんな一つになってきゃ~きゃ~騒ぎながら踊ったものだ。
また、ゲイの隣人達は、好い人達で、それなりに気を使ってくれて、私達 怖いもの知らずのバカ天然な日本人の可愛い二人(当時、私も可愛かったのさ🌸)を守ってくれて、酒、薬の類は一切廻ってこなかった。今、考えてみると、尊敬すべき、凄い努力だったろうな、と実感(笑)。
クラブではクィンシーの「ラズマタズ」が大音響で鳴っていた。
その昔、私がまだ若き希望溢れるティーンだったころ、クィンシー・ジョーンズと言う作曲家がいて、ジャズから入って、R&Bのアレンジャーとして自分のジャズ・オーケストラを率いて売れないけど実力のある歌手をどんどん使ってヒットを作ったミュージシャンがいました。この人、実は人気に日本で火が付いたアーティストの一人です。日本武道館を4日間満員にして大騒ぎしてパーティしたので、世界中で注目されました(笑)。
私、亡父が絶対音感のある音楽の天才でドラムス、ピアノ、ギターを一切習わずに聴いたまま弾いちゃう人だったんですが(私には絶対音感はありましぇんが)、この亡父の好きなミュージシャンの一人として、クィンシーがいました。我が家ではクィンシーと言えばちょっとした話題になりました。
ワケの分らん英語を甲高い声で歌うアメリカ人は安増好きじゃなかったけれど、クィンシーの奏でる音楽はみんな亡父の耳には快かったようで、私がアルバム買って歩いても亡父は何も言いませんでしたね😀
満月と言うと、クインシーの書いた「ラズマタズ」を思い出します。満月の夜にクルーズしながら通りに出て踊り狂うにはぴったりの曲。
アメリカの都会エリアでは、クラブナイトの金曜日の夜、やるせない若者達が花金(昔の言葉で花の金曜日と言う意味)をクラブで楽しもうと、皆がクラブへ繰り出したものです。
今日はその「ラズマタズ」をご紹介しようかな。
訳してみた。
ところで、[RAZZAMATTAZ]とは、騒音の事で、中でも選挙候補の演説する騒音から歌手が大道で大声で歌う声の鳴音まで、「プライドを以て作る騒音」の種類の雑音を指す。
😍今好き彼😍がここに居たら、クィンシーの音を聴けば、
「あ、コレ、俺、聴いた箏あるなぁ」
と言うだろう程、1980年代にクィンシーの曲は日本で大ヒットしました。当時中高生だった😍今好き彼😍もきっと憶えていることでしょう(笑)。
この曲を歌った、クィンシーの第一の歌姫、パティー・オースティンは、黒人追悼歌のスローな曲ばかりを歌って、当時、あんまり売れていませんでしたが、1979年にクィンシーがパティーを自らのオーケストラに歌手として加入させ、この「ラズマタズ」を含めたナンバーを売り出し、世界中をツアーして、アメリカに凱旋帰国した頃には、大スターになっていました(笑)。
明るく、楽しい曲調で、大空の月や星から光を貰って輝くような感じに出来上がったアレンジはさすが、クィンシーですよね。一度お聴きになってみてくださいね。気分がアップしますよ♪
サイトオーナーさんのSLAYさんにこのリンクを使う事をコメントしてあるんで、好きなだけ聞いてください。
…、あん、コレってドライブにも超ピッタシだなぁ。あ ~~😍今好き彼😍とドライブ行きたい💦