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白い歯・最新は最良か? #8

「最新のポルシェが最良のポルシェ」
車好きなら一度は聞いた事があるだろう。
年々改善・改良を加え、機械としてのポルシェは最新が最良であるという。

最初のポルシェ356と最新の992

「最善か無か」
メルセデス・ベンツの企業哲学も有名だ。
工業製品としての機能、性能を語る上で納得できる言葉だ。

技術や機能の良否を語るには的確な表現と思う。

 では医療の世界、とりわけ歯科臨床ではどうだろうか?
歯の代用として使われている素材について考えてみたい。
歯に被せる冠や固定式ブリッジには、古くから金合金が使われてきた。
加工精度が良い事、強度が十分である事、アレルギーの心配が少ない事などが理由だ。
人の口の中で、長期間歯の代わりを務めるためには大切な条件だ。
その上で、歯と同程度にバランス良くすり減ってくれることも、大切な要件。
とは言え、天然の歯と全く同じ変化をする人工材料など存在しない。
生体の変化に応じて、口の中で直接調整・修正出来て、綺麗に研磨できることが大事。
時にはわざと歯の噛み合わせ面をツヤ消しの梨地状態にしておいて、患者さんの咀嚼によって歯に力のかかる部位を判定することもある。
エナメル質や象牙質とのすり減りのスピード(咬耗速度)の差ついては、忘れてはならない大切な要件だ。

すり減りの少ない歯列
すり減った歯列
オーストラリアン・アボリジニのバランス良くすり減った歯列

 保険診療では、金合金の代用合金として12%金含有の金銀パラジウム合金(俗称:金パラ合金)という金属がメインで使われて来た、
私達は2018年11月から保険診療を行っていないので、現状は全く分からないが、今でも使われているはずだ。
この金パラ合金、若くて歯周病の無い丈夫な歯周組織を持った人には良いのだが、
こと歯周病患者さんにとっては、硬過ぎ&スリ減らな過ぎ。
歯を残す為には、使い方が非常に難しい合金なのだ。

 金や他の貴金属価格の高騰や流通の不安定、保険財源の削減等によって、違った材料や加工法が求められるようになった。

 我が師匠・片山恒夫は、
歯周病の進行程度、年齢、性別、食生活等々、個々人の状況に合わせて、使用金属を自家調合していた。
純金を銀や銅で割って、硬さや延び具合、すり減り速度などを調整するのだ。
また、エナメル質がすり減って、下地の象牙質で噛んでいるようなケースでは、さらに軟かい合金を用いていた。

象牙質で噛んでいるケース(片山恒夫スライド写真集より)

ブリッジにする際は、独自の補強方法も編み出していた。
歯周病で弱った歯を20年、30年〜と長持ちさせるには必須。
片山名人と言われた所以だ。

 宇宙空間で合金を作るという時代に、何とアナログなことか!
その一番の理由は、歯周組織(歯を支える骨や歯肉など)の条件によって素材の硬さ(というより軟らかさ)を変え、
噛むことによる負担を減らすためだ。
硬さやすり減り方を、弱った歯に合った状態にしていく事。
長持ちせる為には、大切な事柄だ。

翻って、現代の歯科治療ではどうなっているだろうか?

保険診療の土俵外から見ていると、
材料価格高騰に伴い診療報酬額が上昇すると、安価な代用材料が必要になる。
しかも強度があり、加工法が確立されている材料が必要だ。
その上、白く審美的で、アレルギーの心配が少ない等、時代にマッチした特性が有れば申し分無い。

そこで、近年注目を集めているジルコニアという材料について考えてみよう。
「物質としての強度があって、安価なこと」
口の中で簡単に割れたりすり減ったりしないことが最重要と考えられているようだ。

 自動車などの工業製品であれば、鉄以外にもカーボンファイバーやアルミ、グラスファイバー、エンジニアリングプラスチック、ゴムやシリコーンなど、適材適所、使い分けて製品を完成させていく。
しかし、それでも単に強度や剛性が強ければ良いというわけではない。
工業製品の代名詞たる自動車でさえ、力を逃がす事、スリ減らす事が必要不可欠になる。

余談だが、以前私はトヨタのAE86トレノ(ハッチバック、赤黒の通称赤パンダ)に乗っていたことがある。

AE86・赤パンダトレノ

エンジンやミッション、ブレーキやサスペンションを一通りチューニングして、タイヤもハイグリップにした。
チューニングに合わせてボディーもしっかり強化たつもりだった。
そんなある日
頭文字D・ナンチャッテ藤原拓海を気取って、快調に走っていた、我が赤パンダ・トレノ。

頭文字D的パンダトレノ

交差点を右折し、直後の踏切に差し掛かったところで
左後輪からガキーンという大きな異音を発し、タイヤ&ホイールが外れた。
JR両毛線の踏切の真ん中だ。
たまたま通りかかった佐川急便のお兄さん2人に押してもらい、踏切脱出に成功。
その直後、4両編成の上り列車が通過していった。
間一髪、命拾いだ。

ホイールを止める4本のハブボルトの内3本がポッキリ折れていた。

これは別写真。1本だけ折れたハブボルト。

自動車のチューニングは、バランスを崩すことでもある。
メーカーが設計し組み上げた「バランスの取れた状態」を崩して、「速く走る」事に特化した状態にする訳だ。

工業製品の代表各の自動車ても、バランスを崩すと何処かに無理を生じ、破損を招く。
弱い所に応力が集中して、壊れてしまう。
機械は部品交換すれば、新車に近い状態にレストアできる。
そして破損データを積み重ね、改善を続けることで、耐久性と性能のバランスを取ることが可能だ。

しかしながら、生体の一部として、人工臓器として用いられる生体材料は、
たわみ、歪み、曲がったり捻れたり、ときにスリ減ったり・・・とフレキシブル極まりない人体の中で
長い期間まるで「治ったかの様に」機能しなければならない。
永久包帯にならなければいけない。
「治ったかの様に」機能し続けるには、どうしたら良いのか?

 この2年程の間、ジルコニア冠を20本以上を外した。
硬さが原因のトラブルが起こる前、
装着して2〜3年程度で、外すことになった。
詳細は、別に纏めることにするが、頬の粘膜や筋肉、舌の動きや唾液の流れ具合など、今までにあまり経験したことのない症状だ。
長期間の経過がまだ得られていない素材なので、慎重に症例を重ね、データをあつめる必要を感じる。

 新しい素材や技術が出てきた時、いきなり否定するべきではない。
メリット、デメリットを良く見極め、
どうすれば有効な活用法が有るのか、という視点でデータを積み重ねて行く必要があろう。

我が師:片山恒夫は、「害のないことが第一(Primum non nocere)」と教えてくれた。
医療人は、とにかく患者さんに健康上の「害」を与えないことが第一である、と。

 コロナ騒動以降、エビデンスという言葉が広く一般にも
使われるようになった。
しかし、0か100か、白か黒か、の判断の為だけに用いられている気がしてならない。
こんな考え方では、新しい知見は育たない。
黒と白の間には、無限のグレーがある。
どのグレーにすべきかの判断には「害なきことが第一」という視点が重要と思う。

新しいエビデンスを築き上げていくためには、
基礎研究から臨床導入まで「害なきことが第一」という視点で仕事を進め、
「害」を察知したならば、即座に方向転換、時に後退も辞さないという姿勢が大切だ。
この国の「既に決まったことだから」その方針で・・・・。
というやり方は、そろそろ改めよう。

せっかく開発された新しい材料や技術を、うまく活かして、育てて行く為に。
と同時に、現状の不備・不足点を改善し、早期の方向転換を図るためにも。

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