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「男性の生きづらさ」の本質


1.「男性の生きづらさ」が見過ごされる理由

(1)ジェンダーギャップ報道の影響

世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数(GGI)」によると、日本はジェンダーギャップが大きいためランキングが下位になっています。マスメディアは「日本は女性差別の国」「日本は男尊女卑の国」と報じていますが、このような報道は、人々の印象に「日本では女性が生きづらい」という認識を与えている可能性があります。

しかし、日本のジェンダーギャップランキングが低いのは、政治家や管理職の男女比など、社会のごく一部における格差が原因であるため、実際に人々が生活する上で感じるジェンダーギャップを表しているわけではありません。

世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数2020」より筆者作成

(2)「男性の生きづらさ」の本質を語れない男性学

「男性の生きづらさ」を研究している男性学でも、本質的な問題をきちんと語り切れていないようです。

男性学は「男性の生きづらさ」を研究しているとされていますが、女性学との協調を優先するあまり、「男性は強く、女性は弱い」「男性は加害者で、女性は被害者」という女性学の前提を採用しています。そのため、男性学は「男性の生きづらさ」を客観的に探究することができていないです。

女性学に協調する男性学の言説の一例
・男性学は男性の被抑圧性を強調しすぎている
・男性学は、男性優位な社会構造の維持と女性差別について考察が不十分
・「日本人」「男性」「健常者」はマジョリティ。男性差別は存在しない

西井開「「非モテ」からはじめる男性学」(集英社新書、2021年)より引用

例えば、男性学では、「男性の生きづらさとは、稼ぐ役割を求められることである」という言説が一般的ですが、男性に稼ぐ役割を求めているのは女性であることには触れられません。女性を加害者のように扱うと、女性学の前提に反するためです。

また、男性学が提唱する「男性の生きづらさの解決策」は、ほとんどが男性自身に反省や行動の改善を促す自己啓発的なもので、社会問題として解決しようとしません。

(3)「女性は弱者」という固定観念

現代の日本では、女性が社会的に弱者であるという認識が一般的です。「今の日本では、男性と女性ではどちらが社会的に弱者だと思いますか?」という質問に対して、全体の回答では67.6%、男性の回答では48.4%、女性の回答では87.4%が「女性が社会的に弱者である」と回答しています。

すもも「男女の生きづらさに関するインターネット調査」(2022年11月)より筆者作成

女性が社会的に弱者であるという社会的認識が浸透している状況下では、男性が生きづらいと主張することは理解されにくいでしょう。

しかし、より日常生活の感覚に近い「今の日本では、男性と女性でどちらの方が生きづらいと思いますか?」という質問に対しては、男性が生きづらいと答えた人が39.2%、女性が生きづらいと答えた人が43.3%で、男女拮抗しています。

すもも「男女の生きづらさに関するインターネット調査」(2022年11月)より筆者作成

このような差を踏まえると、男女の生きづらさについて、より日常生活に寄った分析をすることが必要であると考えました。

2.男女の日常生活での生活の質を比較

筆者は、マスメディアやアカデミアによって刷り込まれた男女の生きづらさを信じるよりも、日常生活における生活の質としての男女の生きづらさを数値化して検証することが重要だと考えます。

実際の日常生活における生活の質から考えても「女性の収入が男性よりも低いため、女性は生きづらい」という意見があるかもしれません。

ただ、一定の物質的豊かさを達成した先進国においては、生活の質は単に経済力だけで測定することができません。例えば、高い収入があっても、労働時間が長くストレスがたまっている場合、社会的に孤立している場合は、幸福ではない可能性があります。そこで、多くの国では、生活の質を測定するために、幸福度を用いています。

本記事でも、男女の生きづらさ(生活の質)を幸福度や関連する項目で測定するアプローチをとっています。幸福度に関連する項目としては、健康、恋愛・結婚、社会関係、経済力、労働に着目し、男女の状況を比較していきます。

このような項目を選んだ理由は、内閣府が行った「平成22年度国民生活選好度調査」(2010年)で、「健康」「家計」「家族」「友人」などが幸福度を判断する上で重要視されていることがわかっているためです。

内閣府「平成22年度国民生活選好度調査」(2010年)より図表引用

(1)幸福度は女性のほうが高い

まずは幸福度からみていきます。
日本の女性は先進国で最も男性よりも幸せだという調査結果があります。

「世界価値観調査」(2017~2020年)より筆者作成

同様の傾向は、複数の調査でも示されています。詳しくは以下のリンクを参照してください。

(2)健康面も女性が優位

次に健康面をみていきます。
日本の女性は、世界で一番長生きする傾向があり、男性と比べても寿命差が大きいです。寿命は生物にとって非常に重要であり、無視することはできません。

国連「DemographicYearbook2019」(2019年)より筆者作成

(3)恋愛・結婚でも女性が優位

日本の男性は、結婚できる割合が女性よりも低く、他の先進国よりも男女差が大きいです。結婚できるかどうかは、人生の幸福度に大きな影響を与えるため、重要な問題と言えます。

国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」(2021年)より筆者作成

男性は女性よりも異性との交際経験がない人の割合が高く、特に20代では男女の差が大きいです。20代の男性のうち約4割が交際経験がありません。この時期は性的な関心が高まる時期であり、異性との経験がないというのはつらいことでしょう。

すもも「男女のつらさとフェミニズムに関するインターネット調査」(2020年7月)

(4)社会関係でも女性が優位

日本では、男性の方が女性よりも親しい友人と接する頻度が少なく、男女間の差が先進国で最も大きいです。

ISSP国際比較調査「社会的ネットワークと社会的資源」(2017年)より筆者作成

男性は女性よりも嫌われやすい傾向があります。この傾向により、男性は社会的な関係を構築するときに女性よりも難しさを感じることがあるでしょう。

すもも「日常場面に関するインターネット調査」(2021年1月)

(5)経済力は男性が優位か?

日本では、男性の方が女性よりも年収が高い傾向にあります。

ISSP国際比較調査「社会的ネットワークと社会的資源」(2017年)より筆者作成

その要因の一つは、結婚後に女性がパートになることが多いことです。日本では、パートで働く共働き世帯の比率が先進国の中でも高いです。

「世界価値観調査」(2017~2020年)より筆者作成

また、日本では未婚女性に比べ、結婚している女性の収入が低く、結婚後に収入を減らしていることがわかります。

ISSP国際比較調査「社会的ネットワークと社会的資源」(2017年)より筆者作成

また、日本の女性は夫の収入を管理する比率が高いです。

ISSP国際比較調査「家庭と男女の役割」(2012年)より筆者作成

つまり、日本の女性は、結婚後にパートになることで収入が下がりますが、夫の高い収入を管理することで、男性の収入を享受しているのです。

(6)労働は男性が優位か?

日本の男性は、先進国の中でも最も長時間働いています。

内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和2年版」より筆者作成

また、日本の労働環境は、その質的な面でも先進国の中で最も過酷です。仕事でストレスをよく感じる、仕事がおもしろくない、職場の人間関係がよくないです。

ISSP国際比較調査「職業意識」(2015年)より筆者作成

このように、日本では男性に過酷な労働が集中しているため、女性の方が過酷な労働環境を避けられることから、生きやすい環境になっていると言えます。

(7)総合すると、男性の方が生きづらい

3.日本では未婚男性に生きづらさが集中する

(1)日本の未婚男性の幸福度の低さ

日本の未婚男性は幸福度が特に低いです。

「世界価値観調査」(2017~2020年)より筆者作成

(2)未婚男性に相対的な低所得者が多い

ここからは、日本の未婚男性は幸福度が特に低い理由について説明します。

男性は女性と比べて、経済力(できる)と結婚しやすさ(モテる)が強く関係しており、経済力のある男性ほど結婚しやすいため、残りの未婚男性には、相対的な低収入層が集中しやすいです。男性の人生は勝敗がはっきり分かれやすいのです。

山田昌弘「モテる構造」(ちくま新書、2016年)より図表引用

日本の未婚男性の収入は、先進国で最も有配偶男性と比べて低いです。つまり日本の未婚男性は特に相対的低収入層が集まっており弱者性が強いのです。

ISSP国際比較調査「社会的ネットワークと社会的資源」(2017年)より筆者作成

その背景には日本では女性が結婚相手の男性を経済力によって選んでいる傾向が強いことがあると推察できます。

実際、日本の男性が諸外国と比べて、収入のない人ほど未婚になりやすい傾向(相関係数)が最も強いです。

ISSP国際比較調査「環境」(2020年)より筆者作成

日本において、年収が低い男性が結婚できない傾向は、男性の年収別の未婚率でも確認できます。

男性の年収別の未婚率は、2007年から2022年までの15年間の間に、年収100~300万円台の層において、大幅に上昇しています。

総務省「就業構造基本調査」より筆者作成

年収が低い男性が結婚できない傾向は、男女平等意識が高まった近年でも、強まっているということです。

(3)現代日本の未婚者は孤立しやすい傾向

日本の未婚男性(特に30代以降)は、性別×年代×配偶関係でみると、孤独感が最も高いです。

内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」(2023年)より筆者作成

日本の未婚者(25~54歳)は、親しい友人と接する頻度が少ない人の割合が、他国と比べて顕著に高いことが一因としてあると思われます。

ISSP国際比較調査「社会的ネットワークと社会的資源」(2017年)より筆者作成

日本は、初対面の人を信頼しない傾向があるため、配偶者や子供がいない未婚者は孤立しやすくなると考えられます。

「世界価値観調査」(2017~2020年)より筆者作成

現代では、ネットやスマホの余暇における娯楽価値が高まり、友人と話をすることの重要さが減ってきており、友人がつくりにくくなっています。

NHK放送文化研究所「日本人の意識調査」より筆者作成

以上より、現代の日本においては、未婚者が孤立しやすい状況にあると考えられます。

4.フェミニズムに向かう男性の怒り

(1)女性の生きづらさに対する対策が政策化されるばかり

女性の生きづらさに対する対策は、内閣府男女共同参画局によって政策の対象にされやすい傾向があります。例えば、近年、女性の自殺率の増加といった問題が注目されました。しかし自殺率に関しては男性の方が一貫して高いです。同じ問題であるにも関わらず男性と女性では政策の対象にされやすさが異なるわけです。

(2)男性の生きづらさを曲解・軽視するフェミニズム

フェミニズムは男性の生きづらさを曲解したり、軽視したりします。

「男性の生きづらさ」の叫びを「保守回帰」であるかのように曲解する
「男性の人生は(女性と比較しても)つらいものだ」とみなす主張は「だから男性の地位をかつてのように戻せ」「だから女性の地位改善はおかしい」という主張に結びつく可能性がある

江原由美子「フェミニストの私は「男の生きづらさ」問題をどう考えるか」(2019)より引用

男性の立場に立たない、フェミニズムに都合のよい男性学が歓迎される
フェミニスト(澁谷)の考える「信用に足る男性学」
・男性が、身近な女性の自立を応援することの推進
・女性等への加害を誘発する男性性についての分析
・稼得役割に固執する/の獲得に失敗した 男性を「冷却する」言説の開発

江原由美子「フェミニストの私は「男の生きづらさ」問題をどう考えるか」(2019)より引用

未婚男性の不満をケアを「汚れ仕事」と形容し、軽視する
「結婚したいのにできない男性」が今後増えると予想される現在,冷却作業の必要性はより高まっている。(中略)誰がこの作業を担うのか。男性である。吹き上がる男をなだめる作業は,酔っ払いの介抱にも似た「汚れ仕事」であると同時にケアワークでもある。男のケアを女がしたのでは既存のジェンダー構造が再生産されるばかりだ。よって,この「汚れ仕事」は男性が請け負うべきである。

澁谷知美「ここが信用できない日本の男性学」(国際ジェンダー学会誌Vol. 17(2019))より引用

(3)若い男性はフェミニストが嫌い

男女平等を目指すという名目で、女性の生きづらしさだけが改善されてきたことや、男性の生きづらさを素直に認めない傾向があることからか、男女平等志向が強まった現代の若い男性たちの間でもフェミニストへの評価はよくないようです。

すもも「男女のつらさとフェミニズムに関するインターネット調査」(2020年7月)

参考:若い男性の男女平等志向(性役割への反対率)は高い

内閣府「男女共同参画社会に関する世論調査」より作成

5.女性が羨望される時代

(1)人生の選択肢が多い女性

女性は男性と比べて、経済力がなくても、性的魅力によって結婚することができるため、人生の選択肢が男性よりも豊富であるとされています。

山田昌弘「モテる構造」(ちくま新書、2016年)より図表引用

(2)女児が好まれる

バブル期以降、男の子よりも女の子を持ちたいと思われる傾向が見られます。

統計数理研究所「日本人の国民性調査」より筆者作成

(3)女性の楽しみが多い

2000年代に入ってからは、女性の方が男性よりも楽しみが多いと認識される傾向があります。

統計数理研究所「日本人の国民性調査」より筆者作成

(4)幸せそうな女性を狙った事件

2021年8月6日に起こった小田急線の無差別刺傷事件の犯人の男は「自分はくそみたいな人生」「人生がうまくいかない」と述べる一方で「幸せそうな女性を見ると殺したいと思うようになった。 誰でもよかった」と述べており、女性を「幸せ」な存在だと認識していたことが話題となりました。

6.男性の生きづらさを改善するための提案

(1)実効性のある男性学への転換

「男性学」が提唱する「男性の生きづらさ」の解決策は、抽象的で自己啓発的なものばかりで、男性自身が考え方や生き方を変える必要があるというものです。しかし、このような改善策は、男性の生きづらさを社会問題ではなく男性自身の自己責任にすることに繋がり、問題解決に役立っていないです。実効性のある男性学への転換が求められます。

田中俊之の考える改善策
・男性もジェンダーによって生き方が制限されているという視点を持つ
・固定的な生き方の競争から距離を置く
・自分とは異なる生き方をしている人に出会う
・今まで信じていた価値観とは、まったく異なる世界と出会う
・パパ友や趣味の集まりに参加する
西井開の考える改善策
・個人の中に問題があると考えず、距離を置いてメカニズムを分析する
・男性規範や男性同士の権力競争から距離を取る

田中俊之「見過ごしがちなジェンダー問題「男性の生きづらさ」を考える」(pen、2020
田中俊之「男性学は誰に向けて何を語るのか」(現代思想、2019、特集「男性学」の現在)
西井開「「非モテ」からはじめる男性学」(集英社新書、2021)

より引用
Yahoo!ニュースオリジナル「男らしさの呪縛」って? みんなで考える#国際男性デー」 (2021/11/19(金) 11:00 配信)より図表抜粋

(2)女性の意識改革

日本の女性は、結婚相手を選ぶ際に経済力を重視するため、未婚の男性には低収入者が多く、弱者男性が生まれることになります。そのため女性が男性に対して経済力以外の要素にも注目することで、カネも女もいない弱者男性を減らすことができます。現代社会では、男性は収入が伸び悩んでいる一方で、女性は社会的地位を高めています。このため、女性が年収の高い男性を選ぶことは、社会的に望ましくないと言えます。女性の価値観をアップデートする必要があります。

内閣府「少子化社会対策に関する意識調査」(2018年)より図表引用

(3)フルタイム共働きの推進

男性の生きづらさの要因となっている「男性稼ぎ手主モデル」から脱却するためには、夫婦でフルタイム共働きをすることが必要です。それにより、男性だけでなく女性もキャリアアップができ、ジェンダー平等を推進することができます。

しかし、現実には、専業主婦世帯が減少し、共働き世帯が増加したものの、妻がパートの共働き世帯が増えただけで、妻がフルタイムで働く共働き世帯はほとんど増加していません。

内閣府「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会議論の整理データ集」より図表引用

フルタイム共働きを推進するためには、働かない女性やパート主婦のいる世帯に恩恵のある制度を廃止する必要があります。具体的には、配偶者控除、年金第三号被保険者制度、企業の家族手当などが挙げられます。

上野千鶴子さんは、「女性は年収300万円を確保しつつ、年収300万円の男性と結婚して、出産後も仕事を辞めずに働き続ければいい」と提言しています。

女の転職type「「女子力を磨くより、稼ぐ力を身に付けなさい!」上野千鶴子さんが描く、働く女の未来予想図」より画像引用

アラサー未婚の男女の年収は300万円前後で大差がないため、年収300万円同士の男女が結婚することは現実的です。

総務省「就業構造基本調査」(2017年)より筆者作成

このような夫婦が増えることで、男性稼ぎ手主モデルからの脱却が可能となります。

(4)男性の性的魅力の少なさに公的支援を

男性の生きづらさの本質は、性的魅力がないことにあります。男性は、女性と異なり、存在するだけでは評価されないため、経済力を高めて社会的地位を得ようとする傾向があります。過去、女性の経済力が低かったため、男女平等の政策が導入されてきました(例えば、男女雇用機会均等法、女性の積極採用、生理休暇など)。現代において女性の経済力が向上していることを考えると、男性が生得的に性的魅力が備わっていないことが原因で生きづらさを感じている現状に対し、公的な支援を通じて性的魅力を補完することで改善していくことが必要でしょう。

筆者が考える男性の性的魅力を補填する公的支援案
・コミュニケーション教育
・恋愛教育
・実践的性教育
・身だしなみ講座
・ファッション代支援
・婚活サービス利用料支援

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