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朗読劇「さよならローズガーデン」感想

2月9日(日)

平年を大きく上回るこの冬ではきっとお目にかかることはないだろうなと思っていたパウダースノーに吹き付けられながら、早朝の道を駅に向かって歩いていた。
 ずっと楽しみにしていた朗読劇「さよならローズガーデン」2日目のために東京へ向かうためだ。

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 元々原作コミックのファンだったこともあり、朗読劇の制作が発表された時からずっと心待ちにしていた。本当は8日の一日目の公演も行きたかったところだったが、生憎仕事が入っていたため二日目のみ申し込んだ。去年から参加したいイベントと仕事が重なることが度々あり、不運を嘆いていたが、申し込んだ二公演とも当選したのは文字通り不幸中の幸いだった。
 入場開始一時間前に会場に到着。住宅街の中にたたずむ会場のTACCS1179は見た目からしてまさしく小劇場で、この少ないキャパシティの中当選した幸運を改めて実感した。


 開場までの時間を近くの公園やカフェで潰し、いざ入場。

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 まずは物販から。台本、クリアファイル、ブックカバー、オリジナル紅茶、サウンドトラック、原作コミックは3巻を購入。特にブックカバーは作中にも登場する『Good bye my Rosegarden』を模して作られた品であるが、手触りの良いしっかりとした革素材で単行本と同じB6サイズ、さらにブックマーカーも付いており、普段使いもできるデザインで一目でとても気に入り、後からもう一つ追加購入した。ブックカバーというと市販でも文庫本サイズがほとんどで、他のサイズは滅多に見られないので本当に秀逸なグッズだと思う。


 開場。青いライトで照らされた階段を降り、劇場内へ。まず目に飛び込んできたのは、小さなステージの上に作られた、薔薇が散りばめられたアーチを交差させ、籠の形をした今回のイメージビジュアルそのままのガゼボ。さらにカーテンのように垂れ下がった幕――これは後の演出で重要な役割を果たすことになるのだが――さながら小さなローズガーデンがそこにあった。劇場内もコンパクトで舞台と客席の距離が近く、また座席も前方の方で、これからここで『さよ薔薇』の世界が作られるのだと思うと期待に胸が膨らんだ。

 開幕。「今思えばはじめに惹かれたのは手だったように思う」から始まる冒頭。原作でも何度も繰り返される印象的なフレーズだが、初読時は華子視点のモノローグだとばかり思っていた。しかし読み進めていくうちにアリス視点でも解釈ができることに気付いた。そしてそれを肯定するかのように、アリスと華子の二人が交互にこのモノローグを読み上げる。この時点でもうこの朗読劇のクオリティの高さを確信した。
 主人公二人以外の台詞は録音だったけれど、物語のキーパーソンでもあるイライザ先生だけは役者さんの生声だった。特に華子役である小泉さんのイライザ先生が、大人びた声でカッコよくて、流石の演技力だった。小泉萌香さんというと個人的には舞台「やがて君になる」の七海燈子役が記憶に新しく、どうしてもそのイメージがあるので華子にしては少し大人びているかなという気がしたけれど、特にはしゃいでいる時の明るい声は幾分幼さを感じて、まさに華子だった。そしてメイド衣装が可愛かった。
 アリス役の奥野さんは優しく可愛い声で、ひたすらに癒された。お二人の衣装のこだわりについては衣装担当の方のブログに細かく書かれているので参照されたい。

 単行本三巻分の原作を90分間の朗読劇に圧縮するには脚本家の方の力量が問われるが、アリスと華子二人の物語として違和感なく再構成されていた。残念ながらカットされてしまった魅力溢れるサブキャラクター達は是非原作で触れてほしい。
 原作でも最大の盛り上がりを見せた告白とキスシーン。実際にキスしているわけでもないのに、その光景が幻視されるくらい細やかな情景描写が見事で、すごくドキドキした。

 クライマックス。暗転が明けた瞬間に現れた、二人を覆い隠す繭のような幕。シルエットだけが浮かび上がり、アリスの結婚式の日を回想するオリジナルシーン(物語の時代が1900年で『バスカヴィル家の犬』が発表されたのが1901年なので、二人がローズバロウを出た翌年以降と思われる)。現実かどうか分からない朧気な舞台から、幕が開き原作のラストシーンに繋がる――読者も知り得ない二人だけの未来のシーンだからこそ、繭で隠すという演出をしたのだろうか。まさに神演出。

 閉幕。劇場を出ると、入る前は青いライトで照らし出されていた階段が赤色に変化しており、まるで薔薇に囲まれているようだった。と、そこで思い至る。開演前の青は、ひょっとすると水の底をイメージしたものだったのかもしれない。劇中でも華子が思い悩む場面では水底に沈む演出がなされており、我々観客は悩み苦しむ彼女らのいる水底に入り、ラストの彼女らと同じように薔薇の園から出て行っているのではないか、と。

 朗読劇未経験だった最初、本公演をDVD/BD化じゃなくてもせめてCD化してくれたらいいなあとぼんやり思っていた。しかしそれは大きな思い違いであることを知った。
 単なる朗読だけではない、台詞と台詞の合間の取り方や静寂、照明と音響の演出、舞台装置など全てが重なって舞台の上に「さよ薔薇」の世界が作り出されており、それは決してCDで再現できるものでは無い。むしろ狭い空間を共有しているからこそ、五感でもって90分の間、二人の世界を、実感を持って見守ることができた。千秋楽公演の最後、終演のアナウンスが流れてもなお誰一人として立ち上がることができず拍手が鳴り止まなかったのも、確かにそこにあった「さよ薔薇」の世界から離れ難い気持ちを全員が共有していた一つの証左であろう。

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