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YOUTUBER・SNS漫画・3x3

アーティストとアスリートは近い

スポーツ漫画を描いてたからというのもあるが、選手の言葉はまるで自分の仕事との関わり方と同じだなとかじることがよくある。

実力主義の戦場を体一つ、腕一つでのし上がり、限られた時間(期限)内に最大の効果を得るために適切な判断と的確な身体の操作をする、そのために長い年月をかけ鍛錬を重ね知識と経験を蓄積し、成果を出すうえで最適なマインドセットに持っていく。

もちろん身体的ピークなども含め違うところも多いが、外から見えるほど才能一辺倒ではなく頭を使ったり、孤独な自分との戦いもあれば回りとの協調が大事なこともある。

こう書けば別にアーティストに限ったことではなくすべての社会に生きる人も同じだし、だからこそ多くの人に応援してもらえるのだろう。

身一つの競争社会という意味では芸人や役者などでもそうだ。ただ彼らは話術や表現のプロなので、そのへん誰が見て聞いても共感できるように伝えてくれているのだと思う。


自分に近い話をするが、漫画の読まれ方・読者への目の触れ方は、ツイッターやインスタなど、SNSを介することで大きく変わってきた。これまでのように出版社に投稿してから編集者が見出し、少しづつ掲載されることで連載枠を勝ち取り本を出すという一般的な道から、最初からネットで話題になったものを本にしたいと出版社が殺到するという形がかなり確立してきた。

漫画の競合は他の漫画ではなく他のエンタメとなり、同様に動画でも発信が観客の増加で直接的な収入になるYOUTUBEの仕組みができることでユーチューバーという職業が生まれ、同様にSNSを介した動画配信によるインフルエンサーという収入形態も一般化してきた。

ここまでは今更なんだけど、なんでここで3x3、バスケの話かというと、趣味と仕事を兼ねていろいろ関わっていくうちに、この意識変化の部分は共通してるんじゃないかという気がしていた。

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3x3というのはTOKYOオリンピックから正式種目になったバスケ版ビーチバレーとでも言えば分かりやすいかなと思うんですが、半分のコートに1チーム3人(通常のバスケは5人)で対戦する競技で、基本的なルールは5人制バスケと共通してるが得点換算などに違いがあり戦略性やゲーム性も独自のものがあります。国内でもプロリーグが存在し日本各地でリーグ戦や世界大会が開催され、その手軽さとエンタメ性から他の無料ライブやステージショーなどと同様に多くの観客を集めています。



誰でもスタートラインに立てる

YOUTUBER・SNS漫画・3x3

この3つに共通するポイントは誰でもスタートラインに立てるという点だ。何を当たり前のことをと思うかもしれないけど、言い換えれば今までこれらを目指す場合はとにかくスタートラインに立つまでが長かったのだ。

スタートラインというのはこの場合実戦、観客の前で自分が磨いた成果の表現の場を得ることと定義する。今自然と表現の場を与えられると書いてから書き直した。つまりこれまではそこに立つまでにそれを与えてくれる誰かに認められなければならなかったのだ。

(追記:元になったのがトップユーチューバーの別ジャンルでの挫折経験の話だったのでスタートライン前の話が中心になってます)


漫画であれば投稿するなどしてまず出版社に見いだされなければならない。担当編集が付いたとして、まず第一の発表の場は誌面となる。雑誌掲載できるレベルだと編集が認めるものを作らなければならない。そこで連載する資格がある作家だと証明しなければならない。連載してようやく他の連載作品と勝負できる。ここまでは直接の観客である読者よりも前に編集者に認められなければいけない。

今は連載が必ず本になる時代ではないが、次の勝負の場は書店となる。売れなければ連載は終わることが多い。これまで雑誌でほかの漫画目当てに読んでる読者の目に入るチャンスを生かせたが、今度はその外の世界の人の手に取られなければならない。視界に入らなければいけない。視界に入る場所に配置されなければいけない。競争はいくらでもある。

ここまで辿り着ける人はそう多くない。よほどの才能と運に恵まれてなければそれなりの期間を要する。それまで生活を維持し、確約のない将来のために投資し続けられるのか。専念すればするほど年齢的にほかの選択肢は減る。結果、ほとんどの人がスタートラインより前に終わる。

詳しくは書かないが芸能や音楽の世界も似たようなものだと思う。

ステージに立てれば、役を与えられれば、チャンスさえあれば、聴いてもらえさえすれば、もっと大きな箱で、テレビの向こうで、これを必要としてる人にちゃんと届きさえすれば、そう思いながら引き返してきた人が相当数いたことは想像に難くない。


スポーツの場合で言えば、試合に出る、大舞台で勝つためには、学生であれば強い学校に入らなければならない。そこで試合に出なければならない。そのためにはまずそのチームの監督・コーチに認められなければならない。

ただプロの世界でもチームが変わって覚醒する選手がいるように、その認める人の判断がその人の能力の適切な評価かどうかは分からない。ケガや不運もある。先に選ばれた、実戦に出た選手は確実に成長する。一度出られなくなれば差が広がる一方となる。どこかで選択の時が来る。学生スポーツからプロであればそれは進学や就職、つまり将来の生活との天秤になる。

選手として問題なくプロになれるキャリアで進んできたとしても、本人の目指すものがかならずしもプロ選手ではない場合も当然あると思う。漫画だって才能があってもプロではなく別の道に進んだ人はいっぱいいる。それぞれに理想の人生があり目標がある。

それはそれまで続けてきた好きなもの生活を支えられるものでないと続けられないという現実があるからではないかと。

これは本質的には本業と副業の問題となる。


「好きなこと=生きていく」?


プロの定義としてだいたい2種類あって

「報酬を得ている」というのと、もう一段階ハードルを上げて「専業で生活を維持できる」に分かれる。

前者は副業まで含み、後者は本業という扱いになるかと思う。

この時点でお気づきの方もいるだろうけど、本来副業か本業かはクオリティと比例しないはずだ。実際本業がある人のそれを題材にした漫画はどう考えても漫画家が想像した世界よりもリアルで面白いものがたくさんある。

ここでさっきのスタートラインに立つチャンスを与えられる世界に戻る。

誰かが与えてる場合、その人が副業である側を認めることは(よほど実力がずば抜けている場合を除き)あまりない。彼らもチームを勝たせる・売り上げを上げるという目的を果たすために渡す席は、より育成機関などもかんがみて可能性の高い人間にチャンスを割り振る必要があるので、労力にリミットがある側の優先順位は下がるからだ。

大谷翔平選手が投手と打者の二刀流に挑戦したとき、ほとんどの識者が一つに専念すべきだと言ったのもそうだ。より背水の陣を敷いたほうが高みを目指せる。二兎負うものは一兎も得ずが根強くある。仮に失敗すればそら見たことかと言うだろうし、現在メジャーリーグで両方とも非凡な成績を収めた今でも、片方に絞ればもっと優れた結果だったと言うだろう。

話がそれた。

そもそも、好きなものが食う手段から外れたとき、続ける場所がなかった。勝手に続けてもそこは観客の前ではなく、趣味などのやはりスタートラインの手前の世界しかなかった、あったとしてもまた狭い門の一部で、開かれた場所じゃなかった。スタートラインの向こう側と勝負するには開きがあった。

ただここで漫画の場合、同人誌やコミックマーケットなど、専業以外でも参加できる発表の場が広く持たれていたことで、商業プロ以上のクオリティの作品が出てくる土壌があった。これは日本の漫画文化が優れている土壌となっていることは間違いないと思う。それがSNSによってより一般の観客の目に触れる機会が増えた。

音楽や映像コンテンツの世界でも、撮影編集機材やソフトが誰でも入手できるようになり、初音ミクのようなツールで自作の曲を歌ってもらえる環境からプロのシンガーが出てきた。

好きなことで生きていく人が出るためには、好きなことを続けられる、発表できる土台が必要で、生きていく手前の好きなことが収入になるマーケットが必要だった。

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続けた先に夢がある


バスケットの場合、プロ化したが実業団チームも存在し、クラブチームも予選からオープンで参加できる天皇杯もあったし、3on3のリーグもあるがまだ一部のバスケファンより外に向けて大きく広がるにはまだ課題が多かった。

3x3になって、選手として登録すれば誰でも参加できる。出資すれば自分のチームとして参戦することができる。定期的に試合があり賞金も出る。勝てば世界への道も繋がっている。観客もバスケファン以外でも目に入る場所で、ゲーム性の違いからプロの環境にいる選手とも同じ土俵で勝負できるようになった。

何よりオリンピックというゴール・夢を持てるようになった。

専業も副業も関係なく同じスタートラインから勝負できる。

もちろんスタートラインの向こう側でも前のほうと後ろのほうもある。それでも、スタートラインに立つまでが長い世界よりもずっとやりがいを感じられるんじゃないか。これってユーチューブやSNSで漫画を載せることに似てるんじゃないか。

連載しなくても本が出せる。収入になる。それだけで生活できる。

一足飛びに観客の前で思いっきり自分の持ってるものを出す。最初はうまくいかなくても何度も挑戦できる。実戦を繰り返すことで成長を実感できる。

若い世代も、今一生懸命にやってることが、食えないならいずれやめなければいけないものではなく、一生続けられるものだと思えたほうが、行き止まりだったらいずれ引き返さなければいけない道よりもこの先ずっと続いてる道のほうが迷わず進めるんじゃないか。


まだなんかうまくまとまってないまま書き始めたのでオチがついてないんだけど、いろんな人の話を総合して少しづつ自分事に置き換えていくと、別の世界の話だったものが少しづつつながってくように感じています。


これは現在の仕事の打ち合わせで話したテーマを掘り下げてくうちに、もっと共通の、誰にでもある葛藤の部分に置き換えられるんじゃないかと箇条書きにしたものから文章化してるので読み物としてはまだ不完全です。これから補強していきます。

また、今後はそういう思考の過程を書き留める場所は別にクローズドで用意しようかなとも思っています。

そんなこととっくに分かっていたとしても、順序立てて文章にする作業は大事なので、なんならもっとうまくまとまった誰かのを読みたいけど、自分の言葉を探していきたいと思います。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました!




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